アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
進展
-
「恋くんごめん!!山中さんが電車の遅延でちょっと遅れるって、30分延長できる?」
「えーー!?俺この後予定あるんですけど!?」
「たのむよー恋くーーん!」
大輝と映画にいくことになった。待ち合わせ場所は現地。待ち合わせ時間は13時。なのに、俺とシフトの交代で入るはずだった山中さんが遅刻ときた。映画館までどんなに頑張っても10分はかかるし、せめて大輝に連絡しようと思ってスマホを開いた瞬間、電池切れのリンゴマーク。
「……さいっあく」
昨日充電して寝るの忘れてた。やらかしたー。大輝のこと待たせちゃうなー。でもダッシュでいけば映画までには間に合うか…?上映開始は13時20分だった気がする。
山中さんの遅刻の理由も責めれることじゃないし、しかたねーなと諦めて仕事にもどった。
結局、山中さんは10分ほど遅れてバイト先にやってきたから、思ってたより早く交代できた。10分の残業なんてお金にもなんねーけど、早く大輝の待つ映画館まで行きたかったから気にしないでタイムカードを押す。さっさとバイトの制服から私服に着替えて、「おつかれさんでーす!」と一声かけて、颯爽とバイト先を出た。そこから俺は、走る、走る。はーー!肺活量がない、タバコのせい。左腕にはめている時計は13時10分を指していて、普段は遅刻とかあんまりしない俺は、10分も待ち惚けさせているのが申し訳なくなった。
あーーーごめんごめんごめん、ごめんという気持ちが募る。足が重い!元サッカー部だったとは思えないぐらい重い!中学のとき、膝を怪我してからあんまり走らなくなったのも原因のひとつかな、どーでもいいことを考えながら、じくじくと。じくじくと痛む膝を無視して走った。
映画館の前、ベンチも何もないそこ。ぜぇぜぇと息がきれる、大輝、どこ?
怒ってかえっちゃった?
きょろきょろと辺りを見回しながら、大輝を探す。そしたら壁際にデカイ男が一人、うな垂れるように座り込んでいた。
それが大輝だとわかった瞬間、膝の痛みなんて無視して駆け寄る。
「大輝ーーーーーーーーーーー!!!!!」
「うおッ!?!!」
ドッ!と横から体当たりすると大輝は、ドタ、とコンクリート詰めの地面にしりもちをついて、俺のほうを見上げてきた。
「…………」
「わりーーー!!!スマホ充電切れてさー!しかもシフトの子が遅延で遅れるって言うからもう少し残ってくれって言われて!!店長に!!マジでごめんどんくらい待った!?かなり!?……大輝?」
「っ……」
「え……な、なーに泣いてんの?!ゴミ入ったのか!?目が痛いのか!?花粉症だっけ?」
「うるせーなギャーギャーと!!どんだけ待たせんだよ馬鹿キノコ!!」
「あ!?あー!そういうこと言うかー!?俺めっちゃ駅から走ってきて、っと、わっ?」
大輝の顔を覗き込みながらギャーギャーと騒いでいたら、大輝が俺を抱き込んだ。
は?なに?
ってかまじなんで泣いてんの?そりゃぁちょっと待たせちゃったけど、遅刻としてはギリギリ許せる範囲だと思うんだけど…?
「お前が来ないせいだかんな~~」
と、いわれた。
そこでなんとなーく、察してしまった。きっと前にも待ち惚けを食らわされたことがあるんだろう。あーなんだ、悪いことしたなぁ。
「え、なんだよもー!またかよー!そのネガティブスイッチ切れよいい加減~~!」
ボスボス、と大輝の背中を叩く。きっとトラウマをほじくり返してしまったんだな、そしたら俺はどこにもいかないよって、ちゃんとお前のとこまで走ってくるよって教えてやんねーと、とそんな気持ちになった。
一度、ギュッと俺の体を抱きしめてから、大輝は腕の力を緩める。そしてニッと笑って見せた。
「悪い!ちょっとずつどうにかしてくから、ちっと付き合って」
その言葉をきいて、妙に嬉しくなったのはなんでだろう。俺もニッと笑い返す。
「しょーがねーな!いくらでも付き合ってやるよ!」
男二人が抱き合ってたら、周りの目が痛すぎた。ヒソヒソとされている気がしてそくささと大輝から離れる。
「やべー、また勘違いフラグ立ってる!早く起きろよ大輝!!」
と、大輝に手を伸ばした。
俺の手を支えに、大輝は起き上がる。
「あ〜、ごめん。また考え無しにやっちゃった」
「いや〜、まー、飛びついた俺も悪かったし」
とりあえず目立っているから、ってことで、男女のカップルや親子連れの視線から逃げるように映画館の自動ドアの中へ入った。
薄暗い映画館の中。見たい映画の席は予想通り余裕で10分前にも取る事が出来た。もうCMが始まっているかもしれないとチケット売り場の人に言われたけど、まあそういうのは今回いいや、と言ってすぐに始まる回のそれを見に行く。
「ッ、」
「ッッ・・!!!」
映画中、ガチのコメディ作品だったウサギのぬいぐるみのリアクションや行動にいちいち俺達は吹き出しそうになりながら、何とか上映中に声を上げずに乗り切った。
終わった瞬間にはすげー疲れ切っていて、なんか腹減ったなーってことで、近くのショッピングモールの中にあるラーメン屋に入る事にした。
「あー、面白かった!」
「いやあ、まさか敵があのぬいぐるみだとは想わなかった」
「っつーか結局最後みんなで仲直りしてたし……子供向けだったのかな?」
「いやいやいや、結構下ネタも言ってただろ」
「あー!確かに!」
映画の話しでしばらく盛り上がる。話題がつきることなくいろんな話をして、俺は思い出したようにファーストライブの後の話をすることにした。
「あのライブ後にさぁ、フェイスブックとかツイッターとかのフォロワー数が一気に増えたんだよねー。」
「へぇ、そうなんだ。でも恋、もとからフォロワー多かったよな?1000人ぐらいいないっけ?」
「あーそれは、並愛でやってたときに動画サイトにガンガン載せてたからかなぁ。つーか!ファーストライブだけど庄司くんたちが顔きかせてくれてさ、結構インディーズの中では人気なバンドと対バンできたから比較的にいっぱいの人に聴いてもらえたって感じだけどー」
そう、やっぱあの人はすごい。
俺たちが上京するのをこっちでただ待ってるだけじゃなくて、庄司くんや古賀もいろんなバンドのスケットに入ったりしてコミュニティーを作ってくれてたからやりやすかった。
俺は技術もまだたりない。メインギターなのに庄司くんよりまだ下手くそだし、いい加減次に、次にいきたいのに。
古賀は小学校の低学年からドラムを叩いていたらしい。経験が実力というか、なんというか。普段はあんなへにょへにょのヘタレのいじられキャラなのに、ドラムとなったら途端に人が変わるというか。とにかく上手い。パフォーマンスもさることながら、絶対に狂わない。古賀がリズムを乱したところは一度も見たことないし、あいつの手のひらは意味がわからないぐらいに硬い。マメがなんどもなんども潰れて、皮が硬くなったのがわかる。それほど叩き込んだ証拠だ。
宮内は、中学校からベースを始めたらしい。普通ベースから手ぇだすか?って感じだけど、宮内らしい、ギターは目立ちすぎて嫌、縁の下の力持ちが俺には合ってる。とか言って、本当にバンドの縁の下の力持ちになった。宮内のベースラインは完全独学なのがデカイのか、めちゃくちゃ個性的だ。そしてなにより、エロい。音楽をしている人間ならわかるかもしれない程度の違いだけど、宮内のベースには骨がある。あの音はあいつしか作れない。そういう個性があって、さらに技術も申し分ない。宮内は頭がおかしいから、基本的にベースと弟のことしか頭にない、ずっと触ってるからか、ベースと一心同体って感じがする。高校でバンドやってるときも宮内にだけ引き抜きのオファーが来たことがあるぐらい、あいつは「求められてる」。
庄司くんは、もう、言うことない。いつから音楽をはじめたのか、ちゃんと聞いたことはないけど、あの人は多分天才だ。中学のときはギターなんて触ったことがなかったと言っていた。つまり高校にはいって始めたってことだ、俺とおなじで。
圧倒的な歌唱力、緊張感、魅せ方、アゲ方、全て、あの小さな体から生み出されている。庄司くんの思考回路は理解できない、どうやってこんな、聴いてるだけで騒ぎたくなるような、それでいて泣きたくなるようなメロディーが、歌詞が、声が、生み出せるのか。俺にはない、才能の持ち主。
俺は。
凡人だ。
特に才能があるわけじゃない。技術も甘い。ミスを修正することはできても逆に成功だったね!とはならないような程度。Gactの中で一番未熟で、一番足りてない。突出した才能もない、個性もない、だけど俺は負けん気だけは誰よりも強くて、悔しくて、だから、だから努力する。
頭の中はバンドとギターの事ばかり、不安はもちろんある。だけど三人に置いていかれたくないから、必死になれる。
すう、はぁ。いちどため息をついた。俺が何を考えているのかなんて、きっと隣でラーメンをすすってる大輝にはわからないことだと思う。こんな胸の内、話すつもりもないけれど、俺にはまだ、まだ、まだ、こんなにも、アツくなれるものがある。
「ふぅん……。やっぱ違うもんだなー、生で歌や演奏聞いてもらうって言うのは」
「だよな!やっぱすげーし、それに楽しい。今回は全然知らない人達ばっかりだったから、驚いた顔もいっぱい見れたしな〜」
「確かに、横で“すげー”しか言ってない人とかいた」
「マジで!?やったー!!絶対その人フォロワーの中にいるわ!」
「だろうな。めっちゃのめり込んでたよ」
こうやって、聴いてる人の言葉を聞けることは貴重だ。すげぇ、って、どこに対してだろう。俺はGactのギターとして、まだまだ胸を張れない。まだ、まだ。
上にいく。
「あ、そうだ」
「ん?」
一旦停止。大輝がじいっと俺の顔を見てくる。
「あのさー、恋」
「んー?」
ずそそ、とラーメンをすすりながら、大輝の話を聞く体制になる。
「俺、大学行く事にした」
ん?!
麺を口いっぱいに入れたまま、噛むのも忘れて大輝を凝視する。
「っんぐ、…大学…マジで?」
「マジで」
「えー!!すげーじゃん!!なに、どうしたの!?」
何とか麺を即行で噛んで飲み下す。なんだ!いきなり!そんな!大学だなんて!
びっくりしすぎて、なんで、どうしてとバカみたいな質問しか浮かんでこない。
「いやあ、色々想ったんだ。傍に恋がいて、もちろん恋以外の友達も周りにいて。皆前進んでんのに、俺だけわけも解らず生きててもなあ、って。そんで、じゃあ何がしたいんだろうって考えてさ。そしたら俺さ、ちゃんと色んな事知っときたいって想ったんだわ。こうやって、色んな人を振り回しちゃった自分とか、誰か1人に固執しちゃった自分。俺あんまり深く考えたりするの苦手で、直感とかノリとかで動くことが多いけど、それもやめてーなって。そんで、だったら大学行って、心理学とか学んで、ちゃんと自分のこと知りたくなった。それから、周りのことも」
「…」
「もっと人の事考えられるようになりたいし、自分のこともそうだ。大学行ったらまた、深く付き合ってくれる友達も見つかると想う。その人達がどういう考えでそこにいるのかとかも知ってみたい。誰がどういう人生で、何を考えてんのか。俺、結構視野が狭いから色々こじらせたんだなって想ってさ。だから、色んなこと学びにいきたいって想った。もちろん、お前が背中押してくれたなって想ってる。
ありがとう」
ああ。俺だけじゃない。前に進もうとしているのは。前をむこうとしているのは。
ありがとうじゃねぇよ、俺はなんもしてない。お前が決めて、お前が進もうとしてることなんだよ、大輝。
大学、か。
……………、俺はどうしてこんなときに、こんな嬉しいことを聞いたときに、アイツを思い出してしまったんだろう。
大輝は愛じゃないのに、どうしてかその姿が、あの時のあいつと被って見えた。
がんばってたのにな。
必死になってたのにな。
愛だって、進もうとしてたのにな。
なのにこんなことになって、あいつは進学をしなかった。
夢があるとは言ってなかった。だけどあいつには可能性があった。なのに俺のせいで潰れてしまった。潰してしまった。それもまた、愛が決めたことだけど、それでもやっぱり罪悪感が襲い来る。
(ごめんなぁ)
心の中で謝っても、何の意味もないな。
「大輝ならできるよ」
なにを根拠に。と言われたら痛いセリフを、愛に「大丈夫、お前ならやれる」と言った時より心を込めて告げる。ゆっくりと笑うと、大輝も目を細めて笑った。
「俺もできると想う。恋や皆がいてくれるから」
大輝、変わったなぁ。
なあ、自惚れてもいい?
それ、俺がちょっとでも、お前のヒーローになれたかも、なんて。思っちゃってもいいかなぁ。
蟠りはないけれど、未だにすこし思い出す幼馴染の存在を、俺は死ぬまで否定できないだろう。
だってそれほど大事だったから。
恋ではなくても、愛ではあったから。
それでも許してほしい。
誰に?誰でもいい、許してほしいから俺は「忘れない」ことを選んだ。
大輝、大輝もそうだよな。
過去を失恋として割り切ることができたら、それはもう想い出だよ。
時々痛いけど大丈夫。俺なら、お前なら。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
41 / 49