アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
碧の恋7
-
放課後、碧は桐生のマンションの前に来ていた。
結局持ち帰ってしまったペンを渡したかった。
やっぱりこれは桐生のものだったから持っていて欲しい。
…そう思っては来たつもりだけど、もしかしたらこれはただの口実なのかもしれない。
離れてしまってから初めて交わされたちゃんとした会話に興奮してしまっていた。
桐生の言葉、態度、声…頭を離れなくて午後の授業は何も耳に入って来なかった。
桐生が碧のことをどう思っているのかまたわからなくなって、冷静でいようとする気持ちが何処かに行ってしまった。
動揺する瞳、持ち歩いてた碧の贈り物。
それは決して碧を心から拒絶しているように見えなくて胸が疼く。
もっと話したい。
もっと桐生の気持ちを知りたい。
もしかしての先を期待している。
碧は人目を避けてマンションから少し離れた場所で桐生の車が訪れるのを待っていた。
メールをしようかと迷ったが、碧の訪問は迷惑にしかならないことがわかっていたし、どうしても会いたいというこの気持ちを殺がれたくないという自分本意な気分のままでいたかった。
6時を過ぎた頃銀色のセダンが駐車場に入るのを見て、碧は息を飲んでエントランスへ向かった。
駐車場から出てきた桐生は待っていた碧の顔を見て、たいして驚いた様子も見せずに小さな溜め息をついた。
「もしかしたら来るんじゃないかと思っていたけど…本当に来たんだね」
そう言って桐生は暗証番号を入力しロックを解除をした。
自動ドアが入室を受け入れるように開かれると、桐生はエントランスの端に立つ碧を見た。
「早く来なさい…話があるんでしょう?」
桐生の言葉に驚いてしまう。
てっきり拒絶をされるものとばかり思っていた。
それなのにまさかこんなにあっさり同行を許してくれるとは思ってなくて、用意していた言葉を出すタイミングを失って動けなくなってしまう。
「あの…っ…俺…」
「…話は部屋で聞くよ」
桐生の顔に表情は無くその整った顔立ちの所為で何故かよく出来た人形のように見えた。
久しぶりの桐生の部屋は相変わらず整然としていた。
几帳面に並べられた本、綺麗に重ねられた食器、艶のあるソファー、ホコリひとつ無さそうな床。
夏に何度も通い詰めた頃と同じそのままの部屋だった。
「座って」
そう促されてテーブルセットを指差されて碧は大人しくそこに座った。
桐生は冷蔵庫からアイスコーヒーをふたつのグラスに注ぎテーブルの上に置く。
碧のアイスコーヒーにはミルクとガムシロップが添えられていた。
「コーヒーしかないけど」
「い…ただきます」
なんだか不思議な感じがする。
付き合っていた時のような甘さはないが、生徒と教師でもない肩書きを抜きにした碧と桐生というただの二人の人間が向き合っているような今までにはない不思議な親近感がそこにはあった。
喉が渇いていたのか桐生はストローも使わずに半分ほどグラスを空にすると真っ直ぐに碧の方を向いた。
「…何か聞きたいことや言いたいことがあるんじゃないの?」
!
そう問われて碧はグラスを置いた。
聞きたいことはある。
言いたいことも多分ある。
だけど、今碧が持ち合わせているものは溢れる感情だけでそれを言葉にすることまで出来なくて考えてしまう。
せっかくの機会を不意にはしたくなくて、とりあえずポケットに手を伸ばす。
「これ…渡しに来たんです」
差し出したキラキラと光を反射させるボールペン。
何かを堪えるようにそれを見つめる桐生の瞳。
少し間を空けて桐生は息を吸った。
「……ありがとう」
手に取り熱帯魚を揺らす桐生。
要らない、と言われなかったことに碧は安堵する。
「…持っていてくれたんですね」
「……ああ」
言葉の少ない桐生。
相変わらずの美貌に何故か翳りが見える。
だけどそこには以前のような拒絶感はなくて、まるで罰を受け入れるのを待っていたような…そんな表情を浮かべる桐生に酷く胸騒ぎがする。
「……聞いても…いいんですか?」
碧の言葉に桐生はゆっくり頷いた。
「……本当を言えばあのまま碧が受け入れてくれたら僕は助かったんだけどね…」
ふいに訪れた桐生の声の『碧』という音に胸が詰まってしまいそうになる。
桐生が意識をしてそう呼んだのかわからなかったけど、あまりに自然に桐生の言葉に溶け込んでいたから、碧がちゃんと桐生の中にいるような気がした。
「……でもそれは僕だけの都合だから悪いことをしたとずっと思っていた…」
今ならきっと桐生は本当のことを言ってくれるのだと思う。
でも今の碧はそんなに饒舌になれるような状態ではなかったから、ひとつだけ…ずっと聞きたかったこと、だけど怖くて考えたくなかったことを聞いてみようと思った。
「………どうして…俺のこと…嫌いになったんですか?」
少しだけ寄せられた眉。
苦しそうな表情。
まるで傷ついているのは桐生のようで、胸が痛くなる。
「…まずは…僕の話をしないといけないね……僕がどんな人間なのか碧には知る権利があるから」
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
128 / 161