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離れる
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アキラの声は、いつものように優しいのに、その顔はまるで知らない人のようで。俯き、体を縮こまらせる。
「もう、帰るとこだから」
「そっか、気を付けろよ」
引き止めもしないアキラに、ケイさんが咎めるような声を出したが、アキラは気にもしていない様子で。
「これでいいんだよ、なあ、リョウ?」
一層優しい声で、そう言われると何がいいのかなんてわからないまま、頷くしかなかった。
アキラは俺ではなく、あの人を選んだということなのだろうか。
フラフラと店を飛び出す。早く早くこの場を立ち去りたかった。
後ろから俺を呼び止める声が聞こえてもそのまま歩き続ける。
ケイさんが追いかけてきて、肩を掴まれ、ようやく、足を止めた。
「こんなこと、俺が言うことじゃないってわかってるけど、アキラ、今かなりおかしいんだ。頼むから見捨てないでやってくれ。今日は絶対に家に帰すから」
頼む、と頭を下げてくるケイさんを、それでも何の感情も浮かばずにただ眺めていたら、泣きそうな顔をされた。
ケイさんの手が離れると同時にまた、歩き出す。
早く帰らなければ。それだけを繰り返し考えながら歩いていく。
───何も考えずに、寝なくちゃ。嫌なことが頭に浮かぶ前に。心が砕け散る前に。
どこをどう歩いたかもわからずに、それでも家には辿り着いて。一人の部屋に入り、着替えもせず、ベッドで横になる。
涙は不思議と出てこなかった。
*****
カチャリ。
玄関が開く音で、我に返る。
寝てはいなかったが、まるで時間が止まっていたようだった。
アキラ、だよな。出迎える気力もない。どんな顔をして会えばいいのか、わからない。
もう、どうでもいい。
こんなに苦しいのなら、好きになんてならなければよかった。
*****
いつの間にか眠ってしまったようで、辺りはすっかり明るくなっている。暖房もつけずに寝たためか、体がひどく冷えきっていた。
ぎしぎしときしむ体をなんとか動かして、水を飲もうと台所まで移動する。空気の乾燥で喉がヒリついていた。
コップの水を痛む喉に流し込む。何気なくカウンター越しにリビングを眺めて、息が止まった。
「アキラ・・・」
確かに一度帰ってきてくれたのは知っていたが、またすぐに出ていってるだろうと思っていたのに。
寝ているのか、俺の小さな声は届かなかったようだ。それなら、起こす必要はない、と静かに台所を離れる。
「なんで何も言わないんだよ・・・」
静かな声が、俺の後ろ姿にかけられても、すぐに反応することができなかった。
「・・・アキラ・・・起きて?」
「なんで何も言わない?オレのことなんてどうでもいいのか?」
どうでもいいのはアキラの方だろ?
そう言って泣き叫べば、満足するのだろうか。
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