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昔の話をしようか
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日記をつけようと思った。
いつか君に思い出してもらえるように。
自分は確かにここにいたと、生きていたという足跡を残すために。
──だって、約束したから。
「絶対見つける」
君があまりにも真剣な顔で言うもんだからつられちゃったんだなあ、きっと。
「…じゃあ、絶対見つけてよ」って。
人は死んだら生まれ変わる、なんて迷信を柄にもなく本気にしちゃって、気付いたらそう言ってた。
自分でも心底驚いた。
なにせ、もう希望は持たないと、持ってはいけないと、とうの昔に諦めていたから。
相手も予想外だったのだろう。
目を見開き、なんとも間抜けな顔をした。
それが可笑しくて、思わず口もとが緩んだ。
それを隠すかのように窓の外に目を向けると生暖かい風が髪をくすぐる。
季節は夏の終わり。
けれどいまだ蒸し暑い日が続き、クーラーは欠かせない。
すぐ隣で君が「窓閉めろよ、暑い」と文句垂れるが、「少しくらいいいだろ」と受け流す。
扱いにも慣れたもんだ。
きっと不細工な顔してるんだろうなー…
そんな思いで振り返ると、案の定、眉間にシワを寄せてこちらを睨む君がいて、予想通りの反応に堪らず噴き出した。
それが気に入らなかったらしい。
君はぷいっとそっぽを向いてしまった。
「っふ…ごめんて、期限直してよ。
あ、でも待って。機嫌直す前にそのぶっさいくな顔見せて」
「…見せねーよ。お前ほんと性格悪いな」
「よく言われるよ。ありがと」
「褒めてねえっての。つか、気付いてんならいい加減直せよ」
「ふはっ、お前はオカンか。そのうち禿げるぞ」
まあ、性格の悪さについては今更直すつもりなんてさらさらないけど。
そう言うとぎろりと睨まれ、軽く小突かれた。
…まじでオカンだな。
「最近調子はどうなんだよ?」
「ん?
あー…元気だよ。最近は病室から出してもらえないから寝てばっかだし、だから倒れることもない。
…医者にはあんまいい顔されないけど」
「…そう、か」
先程までの威勢はどこへいったのか。
途端にしゅーんと落ち込まれた。
調子が狂う。
「ちょっと、そんな辛気くさい顔しないでよ。ただでさえこんな一面真っ白の無機質なところに閉じ込められて窮屈してんだから」
「……悪い」
「謝んなくていいから。
なんなの今日は。いきなり真面目な顔で話し出したと思ったら、今はこーんなしょぼくれちゃって。
本当のこと話さないと怒るのは君だろ?
……それとも、なんかあった?」
頬にそっと手を添え、引き寄せるように額を合わせる。
その瞬間、君の肩がビクリと震えた。
「……僕が死ぬのが怖い?」
「…………」
なにも言わないってことは図星かな
「…大丈夫だよ。僕がどれだけしぶといか、君もよく知ってるだろ?
それに、さっき君も言ってくれたじゃない。もし僕が死んでも、絶対見つけてくれるんでしょ?」
ハッとしたように勢いよく君の顔がこちらを向く。
泣きそうじゃん、もう。
「だからさ、僕のこと忘れないでよ。
もし忘れてしまっても、僕が覚えてる。君が道に迷っても必ず迎えに行くから。
……だからその時は、僕の名前を呼んでよ」
最後の方は少し声が震えていた。
「……忘れねーよ、絶対…」
添わせた手に自分の手を重ねすり、と頬を寄せた。
…どこで覚えてきたの、そんなの。
ずるいなあと思いつつ、名残惜しいその感覚をしっかりと手に焼き付け、そっと君を突き返した。
「──え……ぁ、」
「…だめだよ。多分、"今"の君とはもう会えない」
なおも伸ばされる手をそっと払いのける。
できるなら離したくない。
このままずっと一緒にいたい。
だけどそれは叶わないから、せめて"次"の君が笑って過ごしていることを願うんだ。
幾度となく繰り返されたこの物語にもいつかは終わりがくるのだろうか。
その時僕たちはどんな顔をして、なにを言うのだろう。
まだ見ぬ未来に期待が募る。
君のくれた言葉が、こんなにも力強く僕の背中を押してくれる。
それが堪らなく嬉しくて、悲しい。
だけど、まだ泣けない。泣いちゃいけない。
君を見送るまでは──君の前では、最後まで強がりな自分でいたいから。
君が安心して前に進めるように、僕が夢見た未来を託して、最後に贈る言葉。
「……"またね"」
──さあ、もし次も君に会えたなら、どんな顔で迎えようか
名前、呼んでくれるといいなぁ
…もう、なにも怖くない
次の日、僕の意識が戻ることはなかった。
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