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「…………………帰る」
先にそう沈黙を破ったのは汐音だった。
背を向けた汐音に後ろから叫ぶ。
「都合が悪くなったから逃げるの?」
「……………」
「普段あれだけ言いたいこと言えるんだから、今だって思うことがあるなら言えばいいじゃない」
「……………」
「それとも、あたしと口を利くのももう嫌なわけ?
…ねぇ、教えてよ。汐音って一体"何"なの? あんたの実体はどこにあるの?」
脆くて、弱くて、一人じゃとても自分を支えきれなくて、"菅野クン"という存在がいてようやく地に足がついているような状態で。
だからその彼を自分が見失ってしまわないよう、相手もそうならないように必死に守ってる。菅野クン自体が汐音にとって唯一の居場所なんだろう。
だったらなおさら。
もっと彼を、汐音自身も、大切にしてあげればいいのにと思うのだ。
「………ないんだよ」
相変わらず背中を向けたまま、ぽつりと言葉を落とした。
「僕に実体なんてない。
…本当は言われなくても全部わかってる。我が儘で、僕のエゴだってことは」
一つ一つ、淡々と語るその口調は
だけどハッキリと力強くて、その先に耳を傾けたくなる。
「……人は強欲だよ」
ふっと笑って見せた汐音の横顔はまるですべてを悟っているような顔だった。
痛々しくも感じる笑みに眉をひそめる。
「どれだけ心の中で幸せだ、これ以上のことは何もいらないと思っても時間が経てば慣れてしまう。そのうち、『もっともっと』と次が欲しくなる。もしも身の丈以上の幸せを望むなら、それ相応の対価が必要だ。
…でもね、そうして得たものが"必ず幸せである"とは限らないんだよ」
「…いまいちピンと来ないね」
「…だと思うよ」
何かが吹っ切れたように表情が柔らかくなってクスクスと笑い出す。
らしくもないその態度に不気味ささえ覚える。
「──君は自分の幸せのために
どこまでのものを捨てきれる?」
長い前髪の間から覗く、あの凍てつくような鋭い眼光にあたしはなにも言えなくなってしまった。
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