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「千景さんが灯真を?」
長瀬医師が眉をあげた。
雫の話を黙って聞いたあと、
「わたしの耳に入っていないだけなのか・・・。たしかにあの人は若いからな。」
と、沈んだ声でつぶやいた。
それとなく、側近の使用人に聞いてみる、という長瀬にうなづいて、
灯真の部屋に向う。
途中の廊下で、千景に呼び止められた。
千景はあたりに人がいないのを確認すると、雫に身をすり寄せるように近づいた。
胸から近づくような仕草。強めの香水が、鼻孔を刺激する。
「ねえ。あなたと灯真くんって、どういう関係なの。」
誰かのうわさ話をするような口調で、尋ねてくる。
「え・・・、ですから身の回りのお世話を。」
「夜一緒に寝てるってほんと?」
「え、いえ・・・。」思わず頬が上気する。
「ちがうの?」
「はい・・・。僕は自分の部屋で。」
時々呼ばれて同衾します、とはさすがに言えず黙っていた。
千景はおおげさにほう、と息を吐いて「ああ、よかった。」と笑った。
「メイドたちがへんなこと言うから。よかったわ。灯真くんがゲイじゃなくて。」
そしてひらひらと手を振りながら、
「今度お茶しましょうって、灯真くんに伝えてちょうだい。」
と言って去って行った。
頭を下げて千景を見送ってから、雫はひとつ大きく息をついた。
一見人当たりのいい、気さくな継母に思えなくもない。けど・・・・。
なんていうのか、おとなの女の、いやらしい部分が、ひどく癇に障った。
灯真の部屋をノックしてから開ける。灯真はいつも返事をしないので、
いつものように静かに部屋に入り、声をかけようとした。
「入って来ないで!」
カーテンを閉め切った薄暗い部屋の隅で、灯真が壁に背中をつけて尖った声を出した。
そのひどく怯えた様子に驚いて「灯真さん?僕だけど。」と言うと
まだ疑うような表情で、見えない瞳を泳がせて、「しずく?」と訊いた。
「雫なのか?ほんとに?」
「うん。どうしたの?」近寄ると、鼻にしわをよせて「その匂い。」と言った。
ああ。
「さっきそこで千景さまに会ったんだ。香水、きつかったから移ったんだよ。」
それを聞くと灯真はようやく胸を上下させて大きく呼吸すると、
「脅かすな」と不機嫌そうにつぶやいた。
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