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灯真の毎日はあいかわらず過ぎていた。
もはや、昼も夜も、春夏秋冬もなく、長瀬にうながされて床を離れ、着替え、
味のしない食べ物を咀嚼し、家庭教師の講義をゆめうつつに聞く。
風呂に入れられて、ベッドに入り、長瀬に髪をなでられながら浅い眠りにつく。
あんなに一生懸命覚えた絵の具の色も、もう存在自体が意味がないように
意識の奥底に捨て置かれた。
長瀬はまた、同世代の少年をそばに置くように勧めてみたが、
「いらない。」と一蹴された。
部屋に引きこもってますます透き通るようになっていく灯真の横顔を、
長瀬は痛ましい思いで見守ることしかできなかった。
そんなある日、メイドが換気のために開けた窓から、馥郁とした香りが届いた。
メイドが「ああ、いい香り。」と思わずうっとりとした声をあげた。
その言葉に、灯真の見えない瞳がほんの少し動いた。
人が、感動して思わずあげる声を、久しぶりに聞いた気がしたからだ。
そういえば、雫はよく、なにかを見つけては「ほら、灯真さん」と
僕に教えてくれたり、美味しい物を食べては、「おいしいよ、これ!」と
声をあげたりしてたっけ。
「花の香り?」
灯真の問いに、メイドは仰天して振り返った。いつも人形のように無表情で、
人に自分から話しかけることなどない人なのに。
長瀬も少し驚きながら続けた。「なんの花かな。」
メイドはあわてたように答えた。
「申し訳ありません。わたくしも不勉強で。今度、庭師に訊いておきますね。」
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