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第七十二話 つまらない俺という人間。side 松本 依
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真咲君の横に明らかに年上の女の人が二人立っていて、
一人が真咲君の右腕を掴んで上目遣いで擦り寄るように話しかけている。
これって・・逆ナン・・だよな・・?俺、初めて見た・・・
鈴岡は良く女の子を誘うのに俺を使うけれど、こんな風に向こうから来た事は無くて。
真咲君の横から顔を覗かせて女の人を良く見ると、大学生くらいの綺麗な人だった。
これから街に出かけようという人達で賑わう少し遅い時間帯、制服姿の俺達は元々目立ってはいるけれど、背が高くてモデルのようにカッコイイ真咲君は一際皆の目を引いていた。
こんな綺麗な人からの誘い・・当然行くんだろうな・・・
二人で話すのが楽しかったからか、少し寂しい気持ちになってしまう。
「あ、お友達もカッコイイじゃん!ね、一緒に遊ぼうよ」
真咲君の肩口からひょこりと顔を覗かせた俺を見て、もう一人の女の人が俺の腕を掴んで引き寄せた。
至近距離、甘い香水の香りがして。
朝比奈君からするような包み込まれるような優しい香りじゃなくて、自己主張の強いこの香りに自然と眉を寄せてしまう。
俺も行く事になるのかな・・・
こうして女の人から声を掛けられて、俺だけ行かないなんて選択肢ないよな。
鈴岡達とのナンパの事を思い出して少し気が重くなった。
「・・俺達、もう帰るとこなんで。」
「えっ・・・え〜!遊ぼうよ!番号交換だけでもしよ!」
「番号、交換しても遊んだりできねーから・・本当、もう帰るんで・・・。」
ぶっきらぼうな物言いだけど、その表情は柔らかくて。
自分の腕を掴んでいる女の人の手をそっと外しながら、断りの言葉を告げる真咲君。
真咲君に腕を取られて見つめられると、女の人は顔を赤くして真咲君から目が離せなくなってしまっていた。
正直、断るなんて思ってもいなくて・・・
「ねえ、じゃあ、君は?せめて番号だけでも交換しようよ!」
急に隣から声が掛かって慌てて横を見ると、さっきまで俺の腕を掴んでいた女の人が鞄から携帯を取り出してニコニコと微笑んでいた。
番号位、断る方がおかしくないか?
教えても出なきゃいいワケだし・・・
本音はこのまま真咲君と一緒に帰りたいし、番号も交換したいワケじゃない・・・
断るのって勇気がいるんだよな・・
嫌な気持ちにさせないか、嫌われちゃうんじゃないかって。俺は昔から知り合いに限らず知らない人でさえ自分が相手にどう思われるかがすごく気になってしまうんだ。
自分がそうなったのには何となく心当たりがあって・・・
多分きっかけは、小学校4年生の時に両親が離婚した事。
当時二人が離婚の話を進めているなんて全然知らなかった俺は、夜中に二人の言い争う声が聞こえて何かあったのかとリビングに向かった。
その時、偶然聞いてしまったんだ・・父さんが母さんに俺の親権をやるから家を自分にくれって交渉しているのを・・・。
その日だって、家に帰って父さんと一緒にテレビを見て、他愛もない話をして笑い合ったのに。
自分の中で何かが大きく崩れる感覚に襲われて、フラフラと寝室に向かったけれど眠る事が出来なくて。
二人が離婚して、俺と母さんが家を出たのはそれから少ししてからだった。
父さんにとって、俺には家よりも価値が無い。
家に居られなくなった事よりも、あんなに大好きだった父さんにその程度にしか思ってもらえてなかった事が何より辛かった。
その時から、無意識に人の顔色ばかり伺うようになってしまった・・・見放されたり、一人になったりするのがすごく怖い。あの喪失感を二度と味わいたくないんだ。
ニコニコと携帯を差し出す女の人を目の前にして何も言えずにいると、
ずっと黙って俺達を見ていた真咲君が口を開いた。
「こいつも、もう帰るから。・・・じゃあ・・」
短く挨拶すると、俺の腕を取ってスタスタと歩き出してしまった。
突然の事に、つまづきつつも引かれるままに着いて歩く。
え・・・助けてくれた・・・?
逆ナンを断った事や、俺の事を嫌っているハズなのに助けてくれた事に凄く驚いてしまって・・
モテる人はこんな事日常茶飯事なのかとか、怖そうに見えるけれど実は優しいのかとか、色んな疑問が頭の中をグルグルと駆け巡る。
少しの間後ろから文句のような話し声が聞こえていて、いつもの俺だったら凄くヘコんでいるところだったけれど、真咲君が手を引いてくれていると思うと妙に心強かった。
そのまま声が聞こえない所まで歩くと引かれていた手が外されて、真咲君は立ち止まってくるりと俺を振り返った。
「・・・・・・。」
どうして誘いに乗らなかったの?本当は俺の事嫌いなんじゃないの?
次々と疑問が頭に浮かぶ。
そんな俺を見て、真咲君の目が驚いたように開いた。
色々言いたい事がありすぎて、俺、挙動不審だったかな・・・
「・・・松本、もしかして行きたかったのか・・・?嫌そうな顔、してたように見えたから・・勝手に引っ張ってきてワリィ・・。」
頭を掻きながら気まずそうに言う真咲君。
普通、そんな時は視線を外したりするものだけど・・真咲君は、高い位置から少し伺うような、すまなさそうな表情でじっと俺の反応を伺っている。
俺が行きたくなかったの、気づいてくれてたんだ・・・。
真咲君は鈴岡とは違う。とても優しい人なんだーーー
最初は少し怖いと思っていたハズなのに、今日二人で話してみて、俺を気遣う優しさに触れてその考えは確信へと変わる。
少し心配そうに見つめるその瞳が、俺の心を溶かしていく。
「行きたくなかったし、番号も交換もしたくなかったよ。俺、気が弱くて・・・断ったりするのが苦手で言い出せなかったから、感謝してる。ありがとう、真咲君。」
「そっか・・良かった。」
そう言って微笑む真咲君の笑顔は、心底安心したような表情で。
ここ最近の俺は、容姿を利用されてばかりだった。
また誰かに嫌われるのが怖くて、言いたい事も言えなくて。
本当の友達・・って、こういう事を言うんじゃないかな、なんて胸に寂しさが落ちてくる。
朝比奈君が羨ましいな・・・けれど、どんな時も優しい朝比奈君だから、こんなにいい人と友達になってもらえるのかもしれない。
自分の都合ばかりで朝比奈君に近づいた俺なんて、とても友達になんてなってもらえないよな。
そんな事を考えていると、一歩真咲君が俺に近づいて、真っ直ぐな視線を向けてきた。
「でも・・あんまこういう事言いたくねーんだけど・・・」
「・・・なに・・・?」
少し真剣な表情になる真咲君、続きが気になって、俺はその整った顔をじっと見つめた。
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