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第七十六話 悠宇の苦手な物。
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「お、お・・・大きい・・・何あれ・・・」
「・・・え!?何、何なの朝比奈君!?お、おば、おばけっ!?」
いつも落ち着いている悠宇がパニックになる姿に釣られて慌てた希は、俺と悠宇の間に無理やり飛び込んできて、ぎゅっと俺たちを抱きしめた。
何に怯えているのかと、その視線の先を見ようと顔を上げると、真昼間からおばけだなんだと騒ぐ俺達に自然と注目が集まっていてーー
悠宇の事、抱きしめちまってるけど・・・変に思われねーよな?希も抱きついてきてるし・・男が三人で抱きしめ合ってるなんて良く考えたら異常な光景だけど。
ギュ・・・
悠宇の手が俺の腕を強く握る。
不安な時に俺を頼ってくれて、すげー嬉しい。
周りの視線よりも、今は悠宇だ。
何となく予想はついていたけれど、悠宇の視線の先には1メートル程離れた所に黒くてデカイ虫がいて、ノソノソとこちらに向かってきていた。
夏が近づいて、最近増えてきたと思ってたけど、やっぱりだったな。悠宇・・虫が苦手だもんな・・特にゴキブリがダメっつってたっけ・・
あれはゴキブリじゃねーけど、それよりデカイな。
「希、虫だ・・・・」
「え?何聡太っ!何て言ったのっ!!」
急に名前を呼ばれてビビった希がギュッと俺のブレザーを握り、悠宇は「虫」という単語に反応して俺の肩に顔を埋めて目を閉じていて・・・。
捕まえてフェンスの外にでも放ってやりてーけど、二人にしがみつかれて身動きが取れねー・・・
「ん・・・あれのこと?」
どうしようかと逡巡していると、松本がソイツをひょいとつまみ上げて興味深そうに観察し始めた。
「わ〜!見て、これは珍しいね!」
「え、な・・何なの・・・」
おずおずと希が松本を振り返る。
「・・・・え、む、虫・・・?」
ビクッ
虫という単語に再び肩を震わせる悠宇。
こんな時にあれだけど、虫を見ねーように少し潤んだ瞳を頼り無く地面に彷徨わせている姿は儚くてすげー愛おしい。
怯えてる原因が虫っつーのも可愛くて。
悠宇はいつもカッコ良くて・・それなのに、こんなギャップ・・愛しさで強く抱きしめたくなる気持ちを必死に押さえ込んで、興奮して話す松本を見上げた。
「そう!これ見て!」
「わ!カブトムシ?あ・・・違うね・・・朝比奈君がビックリしてたのって虫だったの?・・確かにその虫は何かキモい〜!」
「これってマイマイかぶりじゃないかな?」
そう言って俺たちにその虫を差し出しながら近づいてくる松本に、悠宇が必死に訴える。
「ま、松本君こっちこないでっ!!」
「・・・・・。」
顔を上げた悠宇と目が合った松本はニコニコした笑顔から、少し前に見せていた不敵な表情に変わっていた。
え、松本・・・さっきまで人の良さそうな顔をしていたくせに・・・何だ、どこでスイッチが入ったんだ・・・?
「朝比奈君・・虫、怖いの・・・?」
「そ、そう・・俺、すごく苦手なんだよね・・だからっ・・!!」
「怖くないよ・・・ほら、よく見て・・・」
ニヤリと笑いながら、中腰になって俺達の目の前に虫を差し出す松本は悠宇の顔をじっと見つめていて・・
目が座ってやがる・・・何する気だよこいつ。
希と悠宇にすがりつかれて動けなかった俺だけど、二人を引き離して無理やり立ち上がった。
「松本・・・やめろ。」
コツン・・・
軽いげんこつを松本の頭に落とす。
「わ!ま、真咲君、何だよ、冗談じゃんか!」
「冗談な顔には見えねーんだけど?」
「はは、バレてた?朝比奈君ごめんね。何か朝比奈君のそういう顔に俺弱いんだよねー・・ついいじめたくなるっていうか・・」
ゴツン!
「いてっ!も〜!真咲君さすがに痛い!」
「お前が悪い。嫌がるような事すんじゃねーよ。」
きつく睨んだ後、俺は松本の手から虫を奪ってフェンスの外にポトリと落とした。
「分かってるよ・・でも、怯えた朝比奈君の顔・・すごく良くない?」
「よくねーよ・・・」
「な、何・・松本君・・君って変態さんだったのぉ〜〜!?」
「へ、変態!?え?俺が!?」
「ふっ・・・あは、松本君、今までそんな事思ってたの?ふふ。俺のこんな顔のどこがいいの?まさか、困った顔が見たくて今までイタズラしてたとかじゃないよね?」
「いや、まあ・・それもあるっていうか・・・本当ごめん・・。」
「いつも何考えてるのかなって・・ちゃんと仲良くなれないかなってずっと思ってたんだ・・まさかそんな理由だったなんて!俺、ちょっと嫌われてるのかと思ってたんだよ!」
やっぱり悠宇は悠宇で・・・
何をされてもその明るさで人の心を溶かしてしまう。憎むとか、嫌うとかそんな言葉とは無縁で。
そういう所、本当にすげーと思う。
松本の違和感にも気がついていて、それでも友達になる方法を探していたんだ。
俺は、そんな悠宇だから、好きになったんだよな・・
「嫌ってるとかじゃ・・むしろ、好き過ぎるのかな・・俺も、良く分からないんだ。ごめん。」
「好き過ぎるって、何か照れるよ・・!でも、虫だけはもうやめてね!
ふふ、松本君の気持ちがやっと見えてなんか嬉しいな。
さあ、ご飯の続き、しようか!あ・・・・」
「どうした?」
「聡太と松本君は、石鹸で手を洗ってきて・・」
「え・・・」
「虫・・・素手で触ったから・・」
確かにあんま綺麗なもんじゃねーけど・・
そういう事じゃないんだろうな。
虫嫌いな悠宇の拘りがなんだか可愛くて、自然と笑みがこぼれた。
「ふっ・・分かった。ちょっと行ってくるな。」
松本と二人、屋上からの階段を下りて廊下にある手洗い場に向かう。
「朝比奈君には本当に敵わないな・・・」
「・・・・・」
「全部お見通しで、それでも俺を受け入れてくれてたって事だろ?」
「そーみたいだな。」
「俺の嫌がらせに気づいてないのかと思ってた。普通なら怒るようなドジも笑って許してくれてたんだよ・・・」
「悠宇の気持ち、二度と裏ぎるんじゃねーぞ。」
「う・・・ん。」
「お前・・・何隠してるか知らねーけど、俺はお前を信じてる・・からな。」
そう言って隣を歩く松本の頭をポンと叩くと、俯いた松本がポツリと零した。
「・・・俺、真咲君達と同じクラスだったら良かったのに・・・」
「・・・・クラスは違っても、友達だろ。俺達がついてるから、悩みがあるなら言ってみろよ。」
松本、昨日のお前が嘘だったなんて、俺は思いたくない。
俺の言葉に、俯いていた松本が顔を上げる。
その顔は少し情けない顔をしていて・・・スッキリとした整った顔立ちに似合わない、泣きそうな困ったような顔。こいつの本当の顔って、あんな強気な雰囲気じゃなくて、こっちなのかもな・・・
「まだ、言えない・・けど、真咲君・・・俺、俺は・・・真咲君の事・・・」
「ふっ・・・友達じゃねーとか言うんじゃねーだろうな・・・」
「あ、や、そうじゃなくて!うん、友達になれて、すごく嬉しいよ・・。」
「でも、悠宇への曲がった感情は俺が許さねーぞ。」
「はは、真咲君と朝比奈君は本当に仲良しだよね。」
松本は笑っているけれど、その瞳は寂しそうに見えて・・・。
「お前が誰かに虐められてたら、それだって俺は許さねーよ。」
「・・・・・・ッ・・・。あ、ありがとう・・・」
悠宇への感情とは違うけれど、どこか不安定なこいつの事を俺はもう放っておけなくなっていた。
「ねえ、今日って放課後予定ある・・?俺、もっと真咲君と話したいんだけど・・・。」
今の所予定は無ねーけど、悠宇が屋上で見せたあの寂しそうな顔が気になって・・・
「わりぃ・・今日は予定があるから、また今度でいいか?」
「分かった!楽しみにしてるね!」
悠宇があんな顔をするのを俺は見た事が無くて。
俺は、放課後悠宇を誘う事にした。
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