アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
第八十九話 引き際 side 松本 依
-
突然気を失った朝比奈君に俺達は動揺を隠せなくて。
どこか打ったりしてたらどうしよう・・
「気絶しただけ・・だよな?山口、本当に変な事してねーんだな?」
「そんな・・ただ抑えつけてただけで・・・」
オロオロする井上と山口を押しのけて朝比奈君を抱き起こそうと、その肩に触れた時・・・
カサカサーーー
「わっ!」
「なっ、松本、どうした!?」
「朝比奈に何かあったか!?」
「やっ、そうじゃなくて・・・」
「ハッキリ言えよ・・ちょっと脅して写真撮るだけのつもりだったのに、こんな事になるなんて・・・」
「俺達は悪くねーよ!元はと言えば鈴岡に誘われただけだし・・」
「は!?全部俺のせいかよ?朝比奈がそーなったのは山口のせいだろ!?」
いい合う三人の横で、素早く暗がりに消えていくソレをじっと見つめる。
俺が驚いたモノ・・それは、黒くて大きなゴキブリだった。
まさか、原因はこれ?
屋上で、虫に怯えて真咲君にしがみついていた朝比奈君を思い出す。
1メートル以上離れていてあの反応なら、こんなに至近距離で、しかも逃げられない状況でコレを見たんだとしたら・・・。
でも、このタイミングで朝比奈君が気絶したのは良かったのかもしれない・・だって、あのままだったら山口に何をされていたか分からないもんな・・・。
「おい!松本、何とか言えよ!朝比奈は・・・」
「なぁ、俺のせいじゃないよな!?」
再び3人の醜い言い争いが始まろうとした時だった。
外から誰かが走って近づいて来る音がして。
ガガ・・ガアァアアン・・・!
錆びついた重い引き戸が勢いよく開けられるーーー
暗がりに慣れていた俺達は一斉にそちらを向くけれど、突然の光に目がくらんだ。
入り口に立つ人物の顔はハッキリ見えないけれど、誰であったとしてもこの異常な状況をどう説明したらいいのか・・その緊張に、皆が息をひそめるのを感じた。
「ッ・・・悠宇っ・・・!」
次の瞬間、聞こえてきた悲痛な叫び声の主は真咲君だった・・・
光を背にこちらに駆け寄ってきた真咲君は、俺の腕で意識を失っている朝比奈君を奪い取ってその胸に強く抱きしめた。
「おい!悠宇!しっかりしろ!」
「・・・・。」
「あ、朝比奈君は、気絶してるんだ・・・」
必死に声を掛ける真咲君に、震える声で状況を説明する。こんな事になってしまって、俺も同罪だ・・・
真咲君の呼びかけに応える事なく、その胸にぐったりと身を預ける朝比奈君はドアから差す細い光を受けてその白い肌が一層引き立っていて。
その姿は、とても儚げだった。
「松本・・・これ、どういう事なんだよ・・・。お前ら、悠宇に何をした・・?」
静かに、とても低い声で俺達に問いかける真咲君の顔には表情が無くて。
ゆっくりとマットに朝比奈君を横たえさせたかと思うと、ゆらりと立ち上がった。
その身長は誰よりも大きくて・・
少し長い前髪の間から真っ暗な瞳が俺たちを射抜く。
逞しく鍛えられた体、冷たい瞳に見下ろされると、さすがの鈴岡達もその迫力に圧倒されていてーー
「・・・っ、なんだよ。そんなマジになんなって・・あー・・お前ら、本当にデキてたんだな!はははっ・・!」
「・・・。」
「あ、お、俺達、一昨日見たんだよ・・お前と朝比奈がイチャイチャしてんの・・バラされたくなかったら、この事はーーーッ・・・!」
なんとか優位に立とうと皆が妙に饒舌になる中、山口の脅しを聞いて真咲君がグッとその胸元を掴み上げた。
「うっ、っ・・・!」
「おい!山口を離せ!」
床から少し浮いたつま先で必死にバランスを取る山口を見て、井上が慌てて殴りかかるけれど、その拳は左手であっさりと受け止められてしまった。
「っ・・・離せよ、じゃねーと、お前らがデキてるって言いふらすぞ!いいのかよ!!」
怯んで離れた井上の脅しを聞いて一瞬朝比奈君に視線を落とした真咲君は、山口を井上に向かって放り投げるようにして突き放した。
ドサッーーーー
「ぐっ!!」
「わっ!」
投げられた山口が井上にぶつかって、もつれるように二人が床に倒れ込む。
「は、そんな熱くなんなよ・・やっぱマジだったんだな・・。気色悪い・・・」
真咲君の様子を見て、鈴岡が吐き捨てるように言う。
『気色悪い。』まるで自分が言われているみたいだ・・・
ただ好き同士付き合っているだけなのに。
男同士だからって・・・
じっと黙って鈴岡を見つめる真咲君は、今どんな気持ちでその全てを否定するような残酷な言葉を聞いているんだろう。
俺の嫉妬のせいで朝比奈君がこんな目に合って、心ない暴言までぶつけられる事になってしまって。
真咲君に、これ以上嫌な思いはさせたくない。
「なあ、鈴岡・・それ本気で言ってんの?男同士でそんな・・二人は仲がいいだけだよ!ダチがやられてたら誰だって怒るだろ?な、井上もそう思うよな?」
何でもない風を装って、出来るだけ明るく山口を庇った井上に同意を求める。
あの二人だって、もうこれ以上こんな状態が続くのは嫌なハズだ。
「・・・俺も・・・」
「でもよ、最初は嘘だろって思ってたけどよ、井上も山口もおかしくなってさ。朝比奈だったらそーいうのもあるのかなって思ったけどな。実際どうなの真咲・・」
井上が何か言いかけたのに、鈴岡がそれを制して話し始める。こんな事になってまで、朝比奈君の弱みを掴みたいなんて・・・
「・・・おかしくなるって、なんだよ・・」
「バカ鈴岡!何もないから!何も!な、井上!?」
「あぁ、そうだよ!綺麗な顔してるとか言った位だから!!」
「・・・・。」
「おっ、おい井上!変な事言うなよ!」
「ふん・・・お前らもとんだ腰抜けだったな。松本と変わんねー・・」
「はぁ・・?俺らが?つか、お前いい加減にしろよ・・もう失敗なんだよ、こんなんなってこれ以上どうするっつーんだよ。」
「チッ。男同士のただの喧嘩だよ、喧嘩。まあ、何で気を失ったのかは分かんねーけど・・。そんな気絶するような事してねーよ?なあ、付き合ってるかどーかハッキリ言えよ。さっきからそこんとこには全然反応ねーじゃん。」
「・・・・ハァーー・・・そんなに俺と悠宇が付き合ってるか気になるのかよ?」
「ははっ。そりゃそうだろ!?お前も、朝比奈も女に騒がれていい気になってよ、目障りなんだよ!二人が付き合ってるとなりゃ女どもも黙るだろーな・・クックック・・・」
黙るなんて・・・そんな事で済むワケない事位分かってるくせに。
男同士で付き合ってる事がバレたら、ただじゃ済まないのは簡単に想像できる。
いわれのない差別やいじめのターゲットにされるかもしれないし、ましてやこの二人が付き合っているとなるとその噂は一気に広まるに違いない・・・
押し黙る真咲君を見て、優位に立ったつもりの鈴岡の嫌な笑い声が倉庫内に響く。
何を言えばいい?どうすれば切り抜けられる?そんな事を必死に考える。
下手な事を言うと、揚げ足を取られそうで。
少しして、この沈黙を破ったのは真咲君だった。
「・・・付き合ってねーよ。けどな、俺は悠宇が好きだ。そういう意味でな。お前らの期待通りだな。」
「マジで・・・・?今の、録音したぞ!!」
鈴岡がニヤリと笑ってスマホを見せつける。
「真咲君・・どうしてそんな事・・・?」
「ダチだとあーだこーだ言うなってんだろ?だから、俺は悠宇が好きだって言ってんの。好きな奴を傷つけるような真似する奴は許さねー。ほら、もう十分だろ・・?悠宇に二度と近くんじゃねーぞ。」
「すげ・・・いいの撮れたな!」
「ああ、もう用はねーよ・・イマイチ朝比奈の弱みにはなんねーかもしれねーけど、真咲のネタでも十分収穫だぜ!」
「真咲君・・・」
俺のせいで、大変な事になってしまった・・・
どうしていいか分からなくて、ガヤガヤと出て行く三人をぼんやりと見送る。
「ハァー・・・」
ドアを開け放ったまま、遠ざかる三人の姿を見て真咲君がため息をつく。
「ま、真咲君・・・・」
「松本・・悠宇は本当に何もされてねーのか・・?こんな・・・」
「あ・・・顔を殴られたけどそれ以上の暴力は・・・気絶したのは、多分ゴキブリが目の前にいたからかもしれない・・。」
「ゴキブリ・・・・そうか。じゃあ、意識を失うような怪我をしたとかじゃねーんだな・・・」
「うん。でもッ・・真咲君、ごめん、俺・・・」
ズボンの裾をギュッと掴んで下を向く。
信じるっていってくれた真咲君に顔向けできない事をしてしまった・・
そんな俺の視界の端で、スッと真咲君の右手が上がるのが見えて・・
・・・殴られる・・・
ビクリと肩を震わせたけれど、俺の頭に落ちてきたのは温かい大きな手のひらだった。
「俺は、お前を信じるって言っただろ・・・そんなボロボロになって・・話しは後だ、今は悠宇を・・・。」
そう言って朝比奈君の横にしゃがみ込むと、壊れモノにでも触れるように優しく抱き起こす。
殴られて少し赤くなった頬に手を添えて、血がにじむ唇に親指を這わせながら何度も朝比奈君に呼びかけた。
「悠宇、悠宇・・・」
「・・・・・ん、そ、うた・・・あ・・・」
「悠宇!」
「朝比奈君!!!」
幾度かの呼びかけの後、ゆっくりと瞳を開けた朝比奈君。
ぼんやりとしたその視界に真咲君が映ると、ひどく安心した顔で微笑んで・・・
ああ・・・よかった・・・けれど、そう思ったのもつかの間だった。
「あ・・聡太・・・俺、ごめん・・・ッ・・・」
「悠宇・・・」
突然泣きそうな顔をしたかと思うと、真咲君の体操服の胸元をぎゅっと握りしめて謝り始める朝比奈君。
何、どうして謝るんだ・・・?迷惑かけたから・・?
そういえば、さっきも謝って・・・さっきのも、真咲君に・・・?
ひどい目にあって、自分のせいでも何でもないハズなのに、どうしてそんなに謝るんだ・・?
意味がわからなくて、俺は黙って二人を見つめる事しかできなかったーーーー
▲
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
89 / 134