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第九十九話 恋って忙しい side 朝比奈 悠宇
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歌が上手いことへの俺の不安に、聡太は『カラオケのタブーを使って乗り切ってみせる』と言っていた。
その言葉を聞いた時、嫌な予感がしたんだけど・・
聡太があまりにも自信満々な顔をしていたから何も言い出せなくて。
でも、そんな俺の予感は見事に的中していた。
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カラオケルームに戻ると、中央の席に豊田さんが俺と聡太の席を取ってくれていた。
そこ・・目立つな・・・皆に歌ってる聡太をあんまり見て欲しくないんだけどな・・
そんな事を思いながら部屋を見回していると、一番端に森田君がちょこんと座って小さくなっていた。
あれ・・?
さっきまであんなに帰りたくないって騒いでいたのに、どうしたんだろう。
不思議に思いつつも、距離の遠さと鳴り響く音楽のせいで話しかける事は出来なくて。
そうこうしているうちに、どんどん順番が近づいてきた。
森田君とは逆サイドの席から順に回るタブレットは、ついに俺の左隣に座る聡太のところまで回ってきた。
聡太が何を入れるのか気になって、つい手元を覗き込んでしまって・・・
俯いてタブレットを操作していた聡太が、優しい笑顔で俺を見る。
手元を覗き込んでいたから、顔を上げた聡太との距離が近くてまたドキリとしてしまって。
至近距離でじっと俺の顔を見ながら何か呟く聡太、けれど、曲の演奏が始まってクラスメイトの歌声で賑わう室内は、その声をかき消すのには十分な騒がしさだった。
何を言っているのか分からなくて、間抜けな顔をして聡太の口元をじっと見つめる俺を見て、聡太がまたふっと優しく笑った。
右手をソファーについて、ぐっと俺の方に体を傾けて顔を寄せてくる聡太。
ソファーにぎゅうぎゅうに詰めて座る俺達の距離が、一層近づいて・・・
心臓がドキンと跳ねた次の瞬間、耳元で聡太の声がした。
「大丈夫、皆がドン引きするヤツ入れるから。伊達に研究してねーぜ・・」
そう言うと、前に向き直ってタブレットをトントンと操作し始めた。
急に近づくから、少しだけ期待してしまった自分がいて。皆が居るにもかかわらず、離れてしまった事が寂しく感じてしまうなんて・・・俺、本当に重症かも。
でも、一体何を歌う気なんだろう?
聡太の長くて綺麗な指がタブレットの上を滑る。
聡太が選んだのは、英語のタイトルで聞いた事の無い曲だった。
その間にも、高梨君がシャウトし続けた後に、横手さんが可愛らしい音楽をか細くて高い声で歌ったり・・・
初めて聞くクラスメイトの歌声に、歓声やヤジで部屋の中はすごく盛り上がっていた。
さっき選んだ曲・・・そんなにドン引きする曲なのかな・・?
少しずつ近づく順番に、俺も慌てて曲を選んでいると、ふっとタブレットに影が落ちた。
タブレットを覗き込んできた豊田さんの長い髪が俺の右手に触れる。
ハッとして少し距離を取ると、そんな俺を見て豊田さんはにっこりと微笑んだ。
「朝比奈君、何歌うの??」
「え?あ、月九の主題歌の・・・」
「あーー!いいよね!私あの曲大好き!楽しみだなー!」
「あは、そんなに期待しないでね。」
「大丈夫、大丈夫!ふふっ」
入力を終えて、楽しそうに笑う豊田さんにタブレットを渡す。
気がつくと次は聡太の順番だった・・・
聡太がマイクを受け取って、画面を見つめていて・・・
真剣な表情の聡太の横顔に、釘付けになってしまう。
女の子達も、かっこよくて密かに人気がある聡太の歌声を聞こうと、騒ぐのをやめてじっと聡太を見つめていた。
何か、俺まで緊張してきたんだけど・・・
こんな大勢の前で、俺のせいでドン引きされるような事をさせちゃうなんて・・・
実際、これから聡太が恥をかくかもしれないと思うと、我儘を言った事を急に後悔してしまって。
皆が見守る中、音楽が鳴り始めた・・
ーーーー♪ーーー
それはとても静かな旋律で、目の前のモニターに映る歌詞は全て英語だった。
聡太の低くて、けれども良く通る声がその繊細なメロディーに歌詞をのせると、馬鹿騒ぎしていた男子もその落ち着いた歌声に耳を傾け始めた。
そこで俺は思い至った。
カラオケでドン引きされる事って、まさか・・・
確かに、皆が知らない歌やバラード、下手な英語の歌とか・・・普通はちょっと引かれてしまう要素かもしれない。
いや、きっと他の男子が歌ったら速攻でからかいのヤジが飛ぶはずだ・・・
聡太の勉強の成果は決して間違いじゃ無い。
けれども、聡太は大きな計算ミスをしている・・・
それは、聡太があまりにも歌が上手だという事を計算に入れていない事だ・・・
完璧な発音、綺麗な音色・・・
そしてマイクを片手に静かに歌い上げる綺麗な横顔・・・
現実離れした光景に皆じっと聞き入っていて。
俺の為の選曲が、逆に聡太に注目を集める事になってしまった。
でも、俺の気持ちは妙に軽くて・・・
俺は、自分の好きな人が進んで引かれるような事をするのを望んでいたワケじゃない、ただ少し嫉妬してしまって・・・だけど、いざ聡太が恥ずかしい目に合うかもしれないと思うとそれはとても嫌だと思ったんだ。
聡太は俺の為に自分の評価を下げようとしてくれた。
結果が真逆ってところも聡太らしくて。
俺の嫉妬も、態度も、何でも可愛いといって愛してくれる聡太。
それだけで十分かもしれない。
もちろんこれからも嫉妬はしちゃうかもしれないけれど、俺の彼氏はこんなに歌が上手いんだぞ、かっこいいでしょう?って誇らしい気持ちもあって。。。
恋をすると、こんなにも心が忙しくなるんだって知れて、そしてその度に聡太に愛をもらって。
皆の聞き惚れる表情を見て、少し得意になってしまう自分がいる。
聡太が歌い終えて、俺の方を向いてニッと笑う。
この静寂を勘違いしている聡太が可愛くて、俺もつられて笑って・・・
次の瞬間に室内が大きな拍手と歓声に包まれたーーーー
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