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厄介な話
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幼馴染なんて本気でいらないと思う。
俺、柚木夏目はもうずっとずっと、それこそ生まれた時からお隣だった佐藤美香に恋をしてる。
不毛だ。もう16なのに、馬鹿みたいだ。
どう不毛かって?
すぐわかる。
「じゃー行ってきまーす」
「気をつけてねー」と間延びした母さんの声を聞きながら、靴を履いて玄関を出る。
バタンと扉を閉めたと同時に左隣のドアが開いて、スクールバックを提げた美香がひょっこり顔を覗かせた。
「あ、夏目おはよー」
まっすぐの長い髪が可愛らしい顔によく似合う。
だけどここで(ラッキ!)なんて思ってはいけない。
瞬間ぼぼぼっと顔が火照っても、思わず俯き気味に「おー」なんてヘタレな返事しか出来なくても、(朝一番の挨拶!嬉しい!)なんて思っても、浮かれてはいけない。
だってほら、どうせ、
ガチャッ
「あ、夏目先輩。おはよー」
…ほらな。
清々しい朝だね、と言わんばかりの笑顔で、5年前急に降って湧いて出た(引っ越してきた)後輩が右隣のドアから現れた。
なんでお前いっつもこう…マメなんだよ!
なんでこの時間!?
なんでこのタイミング!?
なんで…あーーーもう!
「ちょっと、私もいるんだけど!」
「おはよ美香先輩。前髪切った?
似合うそれ」
「えっほんと?」
スッと俺の横を通り過ぎて、行こっか、なんてまた笑って、後輩は差し出された美香の手を取った。
毎朝の光景。もう慣れた。
毎朝浮かれて愕然とするこの感覚から立ち直るのも、とっくに失恋してんのに吹っ切れないわだかまりも、美香のトーンの高い声も。
「夏目先輩、行きましょ?」
もうほんと、5年前から最悪だ。
「眠い…」なんて嘘つきながら、エレベーター前で待ってる美香と後輩の手を見ないようにしながら、俺はゆっくりと足を向けた。
ああ足重い。
これ毎朝思うけど俺の足一本50キロくらいあるんじゃないかな。そんなわけないか。
はあ。
そんでもって、エレベーターの中で俺は空気になる。
「でねー、昨日ねー」とかなんとかつい語尾を伸ばして一生懸命話す美香の声に、「うんうん」と相槌を打つ後輩。
その後ろに突っ立ってふたりを眺めるのは苦痛だ。
さっさと下に着かねえかなあ。
むしろお前にも美香にもイライラが募りすぎて殺意が湧くわ。
あっ違う、美香のことは好きだ。いや好きだけど…やっぱ殺意湧くわ。だめだ俺。
チン、と明るい音とともにエレベーターが到着する。これ幸い、とふたりの後ろ3メートルの距離をキープしながら通学路を歩く。
俺たちが住んでるマンションを出るとすぐそばに大きな桜の木があって、
ああもう桜も散ったなあ、つーか夏だなあ、俺この桜の木の裏で(失恋が発覚した時)泣いたなあ、
なんて…あーもうヤダ。言うだけ言っときゃよかった。
3メートルも離れた背中たちは、仲睦まじく寄り添ってて何を話してるのかはわからない。
まあ興味もないんだけど(ウソ)。
そしてこれが本当に驚きなんだけど、こいつらは実際付き合ってない。
はあ!?
…はあ!?って感じだけど、美香の片想いで…付き合ってないんだって。美香が言ってた。
俺には関係ないけど(だから諦めつかないんだよなあ)。
やっと学校が見えてきた辺りで、美香は後輩の腕にさらにすり寄った。
なんとなくその姿をみて、いいなあ…とか、あ、おっ思ってない。思ったりなんかしない。
後輩もまんざらでもなさそうに美香の手を繋ぎ直して校門をくぐる。
周りからはどっからどー見ても、どのアングルでも恋人同士なんだけど、つかアレで付き合ってないとかあいつらマジでなんなんだろう。永遠に弾けて爆発して島流しに遭えばいい。
「じゃあ後でね、美香先輩」
「うん、後で」
お互い笑いあって昇降口で別れたのを見て、そそくさと脇をすり抜けようとするとガシッと腕を掴まれた。
驚いて肩も揺れるが後輩はやんわりと微笑んむだけだ。
「なんだよ?
俺お前に腕組まれても微塵も嬉しくねーんだけど」
本音だ。
途端にちょっと寂しそうな顔をされて怯むが、頑張って腕を払う。
「あ、」
「なんだよ…」
そんな顔すんなよもー!
こっちが悪いみたいだろーがっ。
後輩は懲りずにまた俺の右手を取った。
「うおっ」
「なんだよ、じゃないです!
充電してたのに」
「はっ、ハア!?」
そう、この後輩には美香の件以外にも俺は参っちゃってたりする。
「あー今日こそ朝は夏目先輩と一緒行こうと思ってたんだけどなあ。
放課後は帰れます?っていうか予約します!」
「予約って、お前なあ」
ってか、そんな気配カケラも感じさせずに美香の方に歩いてったのはお前だろーが。思ってても言わないけど、
「だって夏目先輩のこと、俺好きだし」
「はいはいどうも」
「愛してます」
「あー俺も俺も」
「恋愛対象です!」
「断る」
「!!」
朝っぱらから(旧)恋敵にこんなことを言われるようになってから、俺はこいつがだいぶ苦手だ。
そしてこれが俺の日常になりつつあるのが、最近の悩みでもあって、というか持て余す対象になってるわけで。
はああと長いため息をついた後、右腕を取り返すために奮闘したのは言うまでもない。
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