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フラグの回収
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***
帰りのホームルームが終わって、教室は一気に騒がしくなった。
「どこ行くー」「どこ寄るー」の合間を縫って出口に向かう。
ちなみに理数科は普通科より受ける授業が多いから、必然的に一日が終わる時間も普通科より1コマ遅かったりする。余談だけど。
「あれ、柚木もう帰んの?」
教室のドアまであと一歩のとこで声を掛けて来たのは、遊ぶのがスキな水無月だった。
今日もいつもと変わらずツートンヘアのピアス耳、派手な格好の実はいい奴。
「帰るよ、塾だし」???ウソだけど。
「あっそ…あ! そうそう、」
「ぅわ、」
急に腕を組まれてバランスが崩れる。水無月はお構いなしに回した腕を自分の方に引き寄せた。
「お前今度さ、悪いんだけど合コン付き合ってくんない?」
「はあ? 合コン?」
あまりに寝耳に水な話で純粋に驚く。
(早く帰りたい、)っていう気持ちが一瞬飛んだ。
「この前桐島とかと遊んだ時にふざけてプリクラ撮ったじゃん?
あれ彼女に見られてさあ、人数集めるから会わせてって言われちゃって」
「お前って相変わらず…彼女っつーか女の子に甘過ぎ」
将来刺されそうだなあ、なんて友達甲斐もなく考えた。
「まーそう言うなってぇ!
金は俺が持つから! 飯もオゴるし」
「日にち決まったら連絡してください」
手のひらを返して食いつくと、「そうこなくっちゃあ」とチャラ男特有のふわふわした笑顔を向けられた。
心なしかニヤニヤして見えるけど、この際オゴってくれる相手に表情までのオプションは求めないことにする。
「つってももうだいたいは決まってんだけどね」
「あ、そうなの?」
「ん。場所は駅前のカラオケで、メンバーが俺と柚木でしょ、桐島でしょ、柏木、で、」
「? 庄司は来ねーの?」
「バッカ、あいつは先週一年越しの恋が実ったばっかじゃねーか。誘えるかよ」
そうだっけ。あーなんかそんなこと言ってたような言ってなかったような。
「まあそれでひとり足りないっちゃ足りないんだけど、向こうはお前が来ればそれでヨシっつーからさ」と水無月は続ける。
「そんで向こうは北女のコなんだけど???」
「それって合コンですか?」
ドアの影からにょきっと生えた松茸よろしく現れたのは、誰あろう篠だった。
げえっと思わず顔に出してそのまま硬直する。
そうだった、俺こいつと帰りたくないから先を急いでたんだった!
もちろんそんな俺の心境なんて知らない水無月は「後輩くんじゃん」とすでに受け入れ態勢だ。
篠も篠で入学以来よく俺のクラスに顔を出すから、「お世話になってます」なんて言ってソツがない。
「後輩くん興味あんの? 合コン」
「え、まあ…俺行ったことないですし」
「うっそおマジで?」
ウソだよ!!
ウソに決まってんだろその顔で行ったことないなんて、誘われまくってんに決まってんじゃん!
ついこの前だって夜な夜な美香から『明日千明(篠のことを美香は名前で呼ぶ)、合コン行くんだってぇ…どうしたらいいと思う…?』とか電話掛かって作戦立てたくらいなのに!
……なんて、チキンな俺は本人がいる前でそんなことは言い出せず、
結局このトンデモな成り行きを見守るしかないわけだけど。
「良かったら合コンさあ、後輩くんも来ねえ? 後輩くんなら大歓迎。メンツも揃うし」
「えっいいんですか?」
篠はわかりやすく顔を明るくした。
冗談だろ、たたでさえ今コイツのこと苦手でなるべく離れてたいのに。
無言で水無月に訴えるけど何を勘違いしたのか「大丈夫だって、後輩くんが行くからって柚木の指名は減らねーよ」なんてのん気に返された。
このトリ頭があああ!!
唐揚げにして食ってやろうか、レモンも添えてええ!!
さくさく話は進んだようで、日取りは今度の土曜日になった。
日程の変更とかなんかあったら柚木に連絡するから後輩くんに回してね、なんてさりげなく伝言板にされてまた神経すり減る。
首に巻きついてた水無月の腕をするりと外され、俺の手を掴んで「じゃあ先輩、土曜日に!」と爽やかな笑顔で歩く篠に引きずられるような形で、俺は教室を後にした。
学校からも離れてようやくマンションが見えた頃、俺は重くなった口をやっとこじ開けた。
「俺、朝先に帰ってろって言わなかったっけ」
結局一緒に帰ってる図が忌々しいので、自然と声のトーンは暗くなる。
篠は「それでも俺が一緒に帰りたかったから」となぜか機嫌がいい。
「俺が先に帰ってたらどーすんの」
意地悪のつもりで聞くと、「その可能性は低いなあ」と即答。
むっとして「なんで」と詰め寄る。
「1年のクラスは一階で、しかも昇降口に近いんですよ? まずそこで先輩が帰ってるか靴見ればわかるし、帰ってなかったらそこから2年のクラスまで辿ってけばどっかで先輩を捕まえられるし」
「そんな自慢げな顔したって褒めないからな」
ってか捕まえるって表現がもうアウトな気がする。レッドカードで即退場な気がする。
身長的に若干上にある視線を見まいと顔を背けると、朝見た桜の木が視界に入った。
あーあ、俺の立場が冗談でも美香なら、きっとあいつは泣いて喜ぶのに。
「あ、夏目先輩、携帯鳴ってる」
ハッとしてブレザーのポケットに手を入れると、水無月からのメールだった。
メールによれば、土曜日の予定だった合コンが次の日の日曜に変更になったらしい。
どっちも空いてる自分の都合が恨めしい。
まあオゴりを断るくらいならその用事を潰しちゃうけど。
「先輩?」
「ん? ああ、なんか合コンが土曜じゃなくて日曜になったんだって。……お前どうする?」
「俺大丈夫」
「…あ、そう」
なんとなくわかりきってた返事だけど。
眉間にシワがよるのを意識しながら、水無月のメールに『問題ないよ、篠も行けるって』と短く返す。
もともとメールはあんまり好きじゃない。
どっちかっていうと電話の方がよく使う。
そういえば、と思って、エレベーターの上がるボタンを押す篠に「俺お前の連絡先知らねんだけど」と素朴な事実をぶつける。
「ああ、そだね」
「いや、『そだね』じゃなくて。篠の番号なりアドレスなり知らねーと俺メールとか転送できないじゃん。
俺が送るからアドレスか番号教えて」
エレベーターが来たので乗り込む。
携帯出せよ、の意味を込めて見上げると「先輩かわいいなあ」なんて声が降っ……
「なっなに、何、なんなのお前!?」
「あ、先輩着きますよー」
「最近篠おかしいって!」
「おかしくねっすよ」
お決まりのチン、の音と一緒に腕を引かれてエレベーターを降りる。
なんか今日は腕引っ張られてばっかな気がする。
「好きな人に好きって言ってるだけだし」
「だからそれが、」
彼女居るようなヤツに言われても説得力ないんだって!
…ん?
いや待て、彼女居なかったら説得力あるって話になる?
というかそもそも篠の性格に問題があるというか…いや、えっと、そうじゃなくて、ってあーもう俺なんで自分に言い訳してんの!?
「とにかく連絡先の交換はしないよ。
そんなことしちゃったら先輩が俺に話しかけてくる機会が減っちゃうじゃん」
「は…はあ?」
なんだそれ?
声を掛ける隙も無く篠は急に慌て出して、足早に通路を抜けた。
俺も追いかけるけど、コンパスが違うから一歩遅れると追いつくのが大変だ。
「おい篠、」
「そういうことなんで」
「いやますますわかんないし、」
「24時間待機してるから連絡あったらいつでもどうぞ」
「お前実はバカだろ!?」
こいつ、と思ってこっちから腕を掴もうとしたら、制服の裾を手がかすっただけだった。
伸ばした手が、なんか虚しい。
「また明日!」とこっちの顔も見ずに言い捨てて、篠は勢い良く家のドアを閉めた。
「また…明日」
シンと静まり返った玄関先で、誰に言うでもなく俺はそう呟いた。
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