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ガラスの時間
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***
ピーッというホイッスルが鳴る前に離したボールは、吸い込まれるようにゴールポスト目掛けて飛んでって、
くるりと回ってネットをくぐった。
……勝っちゃった。
嬉しいとか達成感とかを味わうより先に、飛びついて来た桐島とか水無月に押し潰されて何がなんだかわっかんね。
面白いくらいトントン拍子に進んだ俺たちのチームは、篠の居るとことは当たらずに決勝まで行ってそのまま勝利。
詳しくは知らないけど(たぶん美香とかに聞けばわかる)、いいところまで行ったとか行かないとか…とにかく当たんなくて良かった。
「柚木! この後打ち上げな!」
「あーハイハイ……あ、無理だわ」
放課後は各クラスとチームの戦績まとめなきゃいけないんだっけ、確か。
のしかかったままの桐島に下からその旨を伝えると、盛大なブーイングが降ってきた。
ていうかいい加減ふたりとも退け。
「えっ何柚木来ないの?」
「そんなの例の後輩にやらせりゃいいじゃん」
「そういうワケにもいかないでしょ…」
「なんか別の用事でもあんの?」
別の、用事。
「まあ…そんなとこ」
にやけそうになる口を慌てて覆う。
理由を付けずに会える口実があるのって、悪くないかも。なんて思った。
篠に会ったらまず朝のことを謝んなきゃな、
そんで…いや、謝れたらそれでいいや。
我ながら結構浮き足立って会議室に向かってたら、タイミング良く篠の方からやって来た。
後ろ姿でも『篠だ』ってわかる。
ひと目見ただけで急に鼓動が速くなるし、思わず息が止まって、あー今俺顔も赤い自信ある。
こんなのもう、好きじゃんか。
なんで気づかなかったんだろ?
この感覚には、何度だって覚えがあるのに。
話かけよっかな……でも、どうせこれから委員会に出なきゃなんねーから、目的地は同んなじなんだよな。
なかなか行動に移せなくてモタモタしてたら前を歩く篠が急に立ち止まって、
えっバレた!?って身構えたけどどうやらそうじゃなかったようで、おもむろに腕を広げてみせた。
何してんだろ?
なんかそれって、あれ?
ハグ待ちのポーズっぽい………
「ちーあきっ」
「陽子ちゃん」
突然だった。
廊下の角から不意に現れた女の子を篠が優しく抱きとめて、
自然な流れで恋人繋ぎになる手とか、腰に回される腕の仕草がやたらと目に付く。
俺はと言えば…ただ茫然と、瞬きせずにその一瞬を脳裏に焼き付けるしか出来なくて、
自分の中の嫌な感情と闘ってる間にふたりは視界の端からいなくなってしまった。
たぶん、10秒くらいの出来事。
俺が積み上げた『気持ち』をぶち壊すのに、
十分すぎる時間だった。
うーわあ、もうやだ。
ほんとやだ。
ほんと泣きそう、ほんと、泣く……って、最悪だ。もう泣いてた。
着替えた制服のシャツの袖は捲ってたから肩口でゴシゴシやると、目元が擦れて返って痛い。
辿り着いてしまった結論と、自分に対する羞恥心で頭が沸騰しそう。なんて言うか…俺ってどーかしてたかも。
これが悪い夢だったら良いのにって思うくらいだもんな。
やっぱどーかしてんのかも。
ほんと、絶対……どーかしてる。
すっかり日が暮れて人もまばらになった校内は、なんだか違う世界に居るような気分だ。
委員会なんてとっくの昔に終わったはずの会議室の扉の奥から、
聞き慣れたカリカリという音が聴こえて現実だって思い知る。
なるべく物音をさせないように気をつけてドアを開けたけど、篠は顔を上げてしまった。
「先輩」
声も表情も嬉しそう、だと思う。
「遅くなってごめん」と呟くと、「全然気にしてないよ」って間髪入れずに返されて、収まったはずの涙腺がちょっと緩んだ。
バカバカバカ俺。
泣いてる場合じゃ、なくて……!
「先…輩…?」
ほら見ろ篠に怪しまれたじゃん。
「なんでもない」
「なんでもないって様子じゃないよ」
「なんでもないって」
「先輩? どうしたの?」
パイプイスの揺れる音で、篠が立ち上がったのがわかった。
どうしよ、部屋から出た方が、
????迷ってる間に距離が縮まる。
「先輩…? 泣いてんの?」
「違う」
「肩、震えてるよ」
「んなワケないだろ」
「でも目が、」
「触んなって!」
俺の前髪に触れるか触れないかの位置にあった篠の手が、見えない壁に阻まれた様にピタリと止まった。
うつ向いた反動でこぼれた雫は、たぶん目の前のこいつにも見られたんじゃないかと思う。
言うんだ、早く。
言わないと。
「えっと……ごめん、驚かせて。
整理に思ったより時間食って」
背中に回してた手を前に持って来ると、篠が息を呑むのがきこえた。
「先輩…それ」
「カバン。学校用に使ってるやつ。
ところどころ傷があったり引っ掛けたりしてて、新品とはいえねーけど。はい」
高校入学の前に一目惚れして買った鮮やかなブルーのドラムバックを、グイと無理やり押し付ける。
「背負えるしデカいし使い勝手良いから気に入っててさ。ちょっと思い入れもあったんだ」
「じゃあ、大事な…モノでしょ。もらえない」
「とか言いつつ嬉しそうだけど」
出来るだけ笑顔を作ると、ほっとしたのか篠の眉が少し下がった。
うん、大丈夫。これでいい。
痛いくらい拳を握って、何度も何度も言い聞かせる。
「先輩の物だったらなんでも嬉しいに決まってるでしょ」
「そんなに俺のこと好きなの?」
だってわかったんだ、やっと。
篠のこと。
「好きだよ。先輩になら何されても平気かも」
「なんだよそれ」
「ほんとだって。
信じてもらえないかもしんないけど、」
篠はさ、
「俺先輩みたいになりたくてこの学校に来たくらいだし」
俺のことが、『好き』じゃないって。
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