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錯綜
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両手に四つも五つも買い物袋を提げてマンションに戻る頃にはすっかり日も陰って、
部屋のいくつかからは明かりが漏れてた。
大急ぎで美香の家に上がって部屋を飾って、その間に無謀な幼馴染みは料理する!っつって聞かねえから
(「美香、いいからピザ頼も? 即席で京料理なんか作れるわけないだろ!?」「やってみなきゃわかんないじゃん!」「今チャレンジしなくていいって!」)
なだめてすかしてやめさせるのに一苦労。
部屋がフワフワのピンクの羽で埋め尽くされてなんとか篠を連れて来れる段取りになったので、早速ベランダから電話をかけることにした。
えーと、
篠…篠…篠原…千…明…。
名前って、そういえば俺…昔はあいつになんて呼ばれてたんだっけ…?
***
「サプライズ!」の掛け声と一緒に特大クラッカーを派手に鳴らした。
途端に篠の小さな驚きの声と、色とりどりの紙テープやリボンがそこら中に弾ける。
照明を点けると、部屋一面が真っピンクで怪しい店仕様になってたから面食らってたみたいだけど、
それでも「ありがと」って照れる仕草が見れたから…まず第一段階はクリアだ。
遅れて届いたピザを食べたり昔話に花を咲かせたりしてたら瞬く間に時間が過ぎた。
頃合いだし…と空気を読んで、篠がトイレに立ったのを見計らって俺も席を立った。
「じゃ、帰る。片付け手伝えなくてごめんな」
「大丈夫。
ありがと…夏目」
「報告待ってる」
時間が止まればいいのにって、これまで生きてきて何度も何度も思ってきたけど、
こんなに強く願ったことない。
玄関に向かう一歩一歩の足取りが重くて、重くなって、途中で止まっちゃうんじゃないかとすら思ったけど普通に健康で、
そうじゃなくて……何が言いたいかって言うと、
報告なんて待ってないんだ。
むしろ今この瞬間エイリアンとかやって来て部屋めちゃめちゃにして告白が流れちゃえばいいと思ってる。
そのついでに俺も襲われてグシャグシャになったら最高だ。
もちろんエイリアンなんてやって来ないし(来たら来たで別の話になる)そんな自虐的な主人公の話は売れないし、都合がいいのか悪いのか篠とは鉢合わせずに美香の家を出てしまった。
美香んとこのおじさんとおばさん…今日帰ってくんの遅いんだっけ。
今すぐ空から降って来ないかなあ。
あと三秒で。来い。
来い、来いよ!
…バカか。
あーあ。
パーカーのポケットに手を突っ込むと何か固いものに触って、思わずピタリと足が止まった。
あ、アレだ。
即席だけどさっきの買い物の時に一応プレゼント用意したんだよな。
(渡し……損ねちゃったな…。)
明日でもいいのかもしんないけど、タイミングを逸した気がする。
????思い返せば、
なんとなく違和感は感じてたんだ。
四回目でようやく自分の家の鍵が開いたところで、出たばっかの隣のドアがけたたましい音を立てるモンだからビビって鍵を落としてしまった。
慌てて屈んで拾うと、靴音が聞こえて???それは俺の目の前まで来て止んだ。
「先輩。ちょっと話があるんだけど」
「し…篠? お前なんでここに、」
「いいからこっち!」
「えっ!? ぅわ、おい!?」
ぐい、と握られた腕が熱くて、どうしようもない俺の足は引っ張られるままするする動く。
がちゃんがちゃん!とこれまた激しい音がしたかと思ったら、中に放り込まれてまた手を引かれて、背中を押された先は見知らぬ部屋の前だった。
足を踏み入れてやっと、篠の部屋に居るんだって気づいた。
「えっと…篠…?」
掴まれた腕は一向に離そうとしないし離して欲しくもないけど、珍しく強引な篠に少し怯む。
黙ってる篠は怖いっていうのもある。
きちんと整頓された部屋に男ふたり突っ立ったまま約30秒、やっと篠は顔を上げた。
「あれは、なんなの」
静かな声にはトゲトゲしさがあった。
もしかしてこいつ、なんか怒ってる?って思わせる位には十分で、
加えて言うなら……繋がった手が、少し痛い。
「あれってなんのことだよ?
誕生日のサプライズの事だったら???」
「違う!」
「篠…?」
「そっちじゃない、そういう…事じゃなくて…!」
「? 言ってくんなきゃわかんねーよ」
「だからっ!
だから…告白のことだよ!」
身に覚えがありすぎる単語だ。
肩も反応しちゃって、わかりやすく言葉に詰まった。
「今日の昼、先輩と…美香先輩が一緒に駅に行くのを見かけた。
何その顔? なんで驚くの?
先輩が誰と歩こうが構わないけど、告白のことを知ってたんだったら話は別だよ」
「それ、は…」
「それは? 言ってよ、今初めて聞いたって。
そんなの知らなかったって。
でも言えないよね…そうじゃないもんね?
先輩は知ってて美香先輩が告白するのを手伝ったんでしょ?」
「篠、」
「なんで?」震える声が響く。
「なんでそんな事すんの?
俺は先輩のことが好きだって、ずっと…言ってんのに…!」
胸が押し潰されるような声で、頭が真っ白になった。
好きって?
今それをお前が言うの?
お前がそれを、
俺に言うの?
力任せに引かれた腕がいうことをきかなくて、篠の胸にしなだれ込んだ。
腰と頭を押さえてる手のせいで抵抗出来なくて、勢いのまま歯と歯が激しくぶつかる。
痛くて苦しくて泣きたくて、無我夢中で……渾身の力で篠をベッドの方に突き飛ばすと、口の中に血の味が広がった。
「はあっ…ハァ、いい加減に…しろよ」
「…ひどいな、噛むなんて」
ひどいのは絶対篠のほうだ。
「お前の『好き』なんて…っ、信じらんねえよ」
嫌な予感もしてたんだ。
余計なことを、言う予感が。
篠は目つきを変えた。
「何それ、どーいう意味…?」
「まんまだよ。篠の言う『好き』なんか信じられる要素どこにもねえもん」
「いくら先輩でもそれ以上言ったら俺だってキレるよ、」
「キレれば? 篠がキレるよか柏木がキレたほうがよっぽど怖えよ!
それにお前の言葉だって????」
俺のとは、好きの意味が違うじゃんか。
「じゃあなんて言ったら信じてくれんの?
わかんないから教えてよ!
意味不明なまま三年間ほったらかしで、それでもやっとここまで来たのに…こんなことってあるかよ…!」
「篠? う、わっ!?」
ぼふっ!ってベッドに顔面から衝突させられた次の瞬間には、もう天井が見えていた。
つい一昨日の、保健室を思い出す。
今日との唯一の違いは篠の唇に血なんか滲んでなかったってことだけ。
あの時の篠は、こんな風に辛そうな顔してなかったって、ことだけ。
「はぁ、…っ、どけよ」
「なっちゃんが、わかってくれたらね」
「なっちゃ…?」
「懐かしいでしょ? 三年前はこう呼んでたのに」
「んなの覚えてなっ…! ぁ、ちょっ…篠っ…!?」
パーカーの胸元を思いっきり強く引かれた後、鎖骨の辺りに刺さるような痛みが走った。
ジンジンするソレは引かずに留まって、どうやら篠が引き起こしてるらしいことだけわかる。
どうすることもできない感覚と恥ずかしさがこみ上げてきて、でもやっぱりどうすることもできなくて、曇る視界をそのままにしてただ耐えた。
「篠、もぅ…んっ! や、だって…っ」
「結構…キレイについたよ、なっちゃん」
「なんの…話」
「キスマーク」
「キ…!? お前何やって…!」
一気に消耗した体力ギリギリで聞けば、「だって口じゃ伝わんないみたいだから」とさも当然の様に言い放った。
抗議の声は一回一回が短いキスで塞がれる。
だからどうしても途切れ途切れになって、「何言ってるかわかんない」って笑っ…こいつ!
「しっ…ん、ちょ、聞けよ!」
「聞かない。なっちゃんも聞かないから」
「わかっ、ふ…! っや、ん…ぁ…!」
「っ、わかったって?
わかってないでしょ」
唇を解放されて、思いっきり息を吸った。
上がった体温と押し寄せる何かの波が、このままじゃマズイって警告するのに身体が全然動かない。
わかったよ、もうわかった。
それでも、篠と俺の好きは違うんだよ。
切れてる口の端が異様で痛そうだから無意識に手を伸ばして撫でると、
篠は優しくその手を取って、手のひらに触れるだけのキスをした。
バカだなあ。
…お前だって泣きそうじゃんか。
「篠」
「なっちゃん、まだ伝わんねーの?」
「篠、」
じゃあ仕方ないよね、とつぶやいた篠の落ち着いた声は透き通ってて、
弧を描いた口元が目に焼き付く。
手のひらにはまだキスの名残りが残ってる。
「俺に抱かれてよ」
言葉は耳に届く前に、その唇で塞がれた。
嫌な予感はしてたんだ。
ごめんって、そんなつもりじゃなかったって謝れば良かった。
あの時美香と篠をふたりっきりにするんじゃなかった。
後悔なんか、全く意味がないって
よく知ってたはずなのに。
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