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となりの先輩
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5年前、父さんの転勤で俺はこの街に引っ越してきた。
当日、初めて出来た自分の部屋にワクワクしながら荷物を運ぶの手伝ったっけ。
何往復も部屋と玄関を行ったり来たりしてたら、お隣の柚木さんちのドアの隙間から視線を感じて???
なっちゃんが、『家政婦は見た』状態でまじまじこっちを見てて腰を抜かした。
だって頭にヘッドライト付けてて三つ目がある怪人みたいに見えたんだもん。
ビビって泣いちゃって(だってなんか緊張してたとかで歯がガチガチいってて超ホラーだった)、
そのお詫びにって荷物の開封と整理に手を貸してくれて…俺の中でのなっちゃんの株は急上昇。
ヘッドライトを取った1コ上の彼は、それまで俺が見てきたどの同世代の男子より凛々しくて、目がキラキラしてて、
「この箱はどーすんの」ってせっせと働く姿は頼もしくて、それだけでなんか憧れた。
鍵っ子だった俺と遊んでくれたのもなっちゃんだったなー。
ゲームしたりバスケしたり、お兄ちゃんができたみたいで…すっごい嬉しかったのを覚えてる。
当時の俺は、割と人見知りで人付き合いも下手だったから…転校してきたばっかりの頃、放課後誰もいない教室に一人残って、
机の上にうつ伏せて『友だちの作り方』みたいなものをイメトレしてた。
あの席の子には明日どんな風に話しかけるとか、昼休みのサッカーに参加するのにはどう…しようとか。
その日も確か放課後最後の方まで残ってて、やっぱり誰も居ない教室でポツンとしてたら、
いきなりドアが開いてなっちゃんが飛び込んできたんだ。
「…行ったかうっわあああ! うわあ! うわ、超びっくりしたあ!」
「な、なっちゃん…!?」
「えっ? あ、なんだよ千明かー。
お前こんなとこで何してんの?」
「なっちゃんこそ…」
「俺? 俺は見ての通り逃げてた!」
…何から。
って疑問は湧いたけどスルーして、気恥ずかしかったけどコミュ障気味なことをカミングアウト。
話の途中まで「ふーん、千明も大変だな」って聞いてたなっちゃんは、何を閃いたのか急に俺の手を引っ張り外に連れ出した。
強引だなって思った。
驚いたのもあるし、引っ張る手が力強かったから。
教室からずっと駆け足で着いた先は校舎裏。
植え込みの隙間を抜けると校舎と校舎の間に出来たわずかなスペースがあって、なんだか秘密基地みたいだった。
「ここ、多分俺しか知らないんだ」
「えっ?」
振り向くと、なっちゃんの顔にちょうど夕日が当たって???純粋に、綺麗だと思った。
「千明は…友だちだから教えるけど」
「友、だち」
「そう。友だちじゃん!
だからさ、一人が嫌な時はここ来いよ。俺も時々居るし、それに…クラスのやつと無理やり話す必要なんてないし」
「そうなの?」
「そーだよ。俺は仲良くしたいやつとしか仲良くしてない! まあ嫌いな人もいないけど。
『おはよう』って言って『おはよう』が返ってくれば大丈夫だよ」
幼心に、この子は菩薩さまの生まれ変わりか何かかなって思った記憶がある。それか天使か。
言ってることは処世術なんだけど、あの時は本当に、その言葉に救われたんだ。
「ああでもひとりぼっち過ぎたら浮いちゃうから、その辺はうまくやれよ」っていうアドバイスも含めて、
次の日から早速実践、俺は自分で思ってたよりも器用だったみたいで、すぐにクラスに馴染むことができた。
なっちゃんのおかげだよって報告したら、花が咲くようにパッと明るく笑って喜んでくれたのを覚えてる。
俺が中学に上がるくらいまでは、美香先輩も入れて三人で遊んだりすることも増えたんだけど、
ある日を境にそれは無くなって、なっちゃんは先輩に、おれは後輩になった。
大方美香先輩絡みかなあ、なんて踏んでるけど、真相はわからない。
ちなみに美香先輩の告白は断ったよ?
実は過去にも二回くらい告白されてどっちとも断ってるんだけど、このこと夏目先輩知ってんのかな。
今でこそそんなことを考える余裕があるけど、その時はもうワケわかんなくて意味不明で途方に暮れた。
学校で遭っても、マンションで遭ってもス、ルー、だもんね。
突き放されることに慣れてないから理由を尋ねようにも訊けなくて、ただただ戸惑った。
それでも目は先輩を追っちゃって、話す機会があればなあって狙ってたんだから…すでに好きだったんじゃないかと思う。今思えば。
俺の気持ちの決心がついたのは、あれはいつだったっけなあ…中二かな。
確か大掃除の最中だったから、年末だ。
木枯らしが吹いてさっむいなーって中、松田とのジャンケンに負けてゴミ捨てに行かされたんだ。
ゴミ捨て場への近道の中庭を通り過ぎようとしたら、そこを掃除してる三年生の声がして、なんとなく足を止めてしまった。
そのひとりが夏目先輩だったから。
先輩はめちゃめちゃつまんなそうに掃除をしてた。
せっかく箒で落ち葉を集めても木枯らしが全部『ふりだし』に戻しちゃうから、その気持ちはわかんなくもない。
久しぶりの距離で見た先輩はやっぱかっこいいなあ。何の話してんだろ?
この…木が無ければ…聞こえるんじゃ…!
大胆にも先輩たちの背後の木にぺったり張り付いてみたら、予想通り声が聞こえた。
「…っと聞きたいんだけど…」
「何? めずらしーな」
「うん、ちょっと。柚木にだから話すけど、俺…この前彼女にフラれたんだ」
げ、なんか結構…ディープな話?
俺居ない方がいいかなあ。
いくら先輩の声が聞きたかったからって、さすがにこれはやり過ぎ…なんて反省して、引き返そうと一歩踏み出そうとしたその時、
知らない声が俺の名前を出したから、びっくりして足が止まった。
…前言撤回。
「え? 今…ごめん、篠原千明って言った?」
「言った。俺らの後輩、1コ下の2年4組の篠原。なんなら出席番号まで言おうか?」
「出席番号なんか知らねーよ。
えーと…それで? 篠がなんで出てくんの?」
「俺をフった子が、篠原のこと好きだから」
俺が(はあ?)って思ったのと、先輩が「 はあ?」って言ったのは同時だった。
先輩の言い方がバカにしたように聞こえたのか、相手は「何度も言わせるなよ」って語気を強めた。
「フラれた理由が篠を好き? だから?」
「だ、だから、どんなヤツか聞きたいんだ」
「…元カノに聞けよ」
「お前あいつの幼馴染みだろ?」
「つっても最近は喋ってもねーよ。残念だったな」
そのなんでもない言葉に、どうしようもなくどん底までヘコまされる。
情けないなあ、事実なのに。
打ちのめされてる俺なんか無視して、どんどん話は進む。
「じゃあ篠原の話はいいや。あいつ呼び出して欲しいんだけど、頼める?」
「は、はあ? なんで」
「ボコる」
!! えっ、
「ボコるって…彼女にフラれた腹いせ?」
「あいつがそう仕向けた可能性だってあるだろ」
「んなわけねーだろ」
「さっきお前篠原のことは何も知らないって言って、」
「最近は話してないって言ったんだ。ちゃんと人の話聞けよ」
だんだん険悪なムードになったふたりは会話の流れもただの掃除中の雑談の域を超えて、本格的な口喧嘩みたいになってきた。
しかもその原因が俺って。笑えない。
ナントカ先輩の彼女のことなんか今初めて聞いたし、正直そんなこと元カレに知られずに別れて欲しいのが本音。
困ったな、俺が出て行って止めてもいいのかな…でも今出てったら殴られそうだし、だけど夏目先輩にこれ以上迷惑かけたくないし、
「そもそも三年が二年呼んでボコるって考えがすでに幼稚なんだよ。やっとあいつ周りに上手く溶け込めるようになってきたのに台無しにすんな」
「知るかよ篠原のことなんか!」
「じゃあ篠が殴られたって耳にしたら俺お前のことチクる。篠の呼び出しも手伝わない。
ああでもお前が俺の名前使って呼ぶこともあるから、篠に忠告しとくわ。気をつけろって」
「柚木…!」
「なんだよ? そんな単細胞な考えだからフラれたんだろ? ムカつくなら俺も痛めつけとく?
あいつは友達も多くて真面目で、いいヤツで…お前の彼女を奪うようなマネするわけないだろ!」
「な、」
「つかそんな事気にしてるヒマあんのかよ。その執念を勉強にぶつければ、ランク一個上の高校行けんじゃねえの」
「気分悪いからお前とはもう二度と口聞かない」と言い放って、先輩はその場から立ち去った。
残されたなんとか先輩もごにょごにょ独り言言ってたけどすぐ居なくなって、後は木にへばり付いてる俺だけになった。
足の力が抜けてずるずると木の根元にしゃがみ込む。
人に、誰かに庇ってもらったのは初めてだ。
しかも自分の知らないところで大切な人が信じてくれた。信じて、くれてた。
それが泣きそうに嬉しくて、
泣くのを堪えるのが精一杯だった。
それで、思ったんだ。
大好きで憧れて尊敬もしてる先輩と、もう離れたくないなって。
俺にとって中学での3年間はそういう意味で苦痛以外の何ものでもなかった。
もう二度とあんな思いしたくない。
先輩が別に俺のこと嫌いじゃないのはわかったから、だから同じ高校を目指して、
あの日「好きです」なんて言ったんだ。
***
「…の、しーのっ」
頬杖をついた手がわずかに動いて、ピントを合わせると目の前に件の先輩が居た。
俺の前で手のひらなんか振っちゃって、なんかかわいい。ぼーっとしてた俺のためだっていうのはわかるけど。
…そういえば、体育大会の委員会会議に来てたんだっけ。
「もう、終わっちゃった系…ですか」
「終わっちゃった系。お前がぼけーっとしてんの珍しいな」
ふ、と笑う先輩の顔に窓からの光が差して、いつかの光景とダブった。
「具合悪い?」って首を傾げる、その猫目な瞳に吸い込まれそう。
本音で「先輩のこと考えてたんです」と返すと、みるみる顔が赤くなって明後日の方を向いてしまった。
「照れた? 先輩」
かわいい。
「うるさい嘘つき」
「嘘じゃないよひっどいなー」
「帰る」
「えっ? あ、じゃ、俺も帰る」
パイプイスを押して席を立つ。
あ、そうだ、って先を歩く背中に「後で委員会の話聞きに先輩の家にお邪魔してもいいですか?」なんて声をかけたら、
まだ赤いままの顔の彼がこっちを向いた。
何度か口をぱくぱくして、なんて断ろうか考えてたみたいだけど、断る理由は無いらしい。
「…わ、わかった。適当な時間に来いよ」
「あと一緒帰りたいです」
「無理」
「やだ」
「やだって…俺今日夕飯の買い出し頼まれてるから寄り道すんの」
「なんか新婚みたいですね」
「ちげえよ! 親に! 親に頼まれただけだから!」
……俺は一緒にスーパーに寄る方を想像して『新婚みたい』って言ったんだけどな。
「あっ、先輩?」
「うるさいバカ篠」
「待ってよ、」
「もうほんとお前らフライドチキンな」
「だからなんなのそれ!?」
さっさと歩いてっちゃった先輩を追って、
あっという間に誰もいなくなった会議室を後にした。
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