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イエスマンにお願い
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***
「ハイそこまでー」
約2週間経った6月某日、期末試験の最終日。
柏木先輩の兄である柏木先生の間延びしたひと声で、長かった試験も終わりを迎えた。
やれやれ、って回してたシャーペンを机に置く。
それはコロコロ転がって机の端ギリギリに止まった。
「しーのはーらくんっ」
声に反応して、慌ててシャーペンを掴んだ。
学生服のズボンのポケットに押し込むと、何か紙のような物を触って…そうだった、って思い出す。
目の前のこいつには知られたくないから、なんとか笑顔を取り繕った。
「松田…試験終わったばっかでそんな浮かれた声出したら嫌われるよ」
「だって手応えあったしぃ」
「で、なんの用?」
「や、今の現国の問の話をさ、ってどっか行くの?」
イスを引いて立ち上がりながら、「野暮用」とだけ告げる。
それだけで松田は察した様で(こういうところだけは勘がいいんだよなあ)、ニヤリと笑って「告白かぁ」…重低音で呟いた。
「何、積極的な子だねえ。試験最終日に告白って」
「…ホームルームまでには戻ってくるよ」
「遅れて来たらおれが大声で、」
「ちょっ、その声やめて」
「え?」
「声。無駄に低い声。それ新技?」
「えっ、いやそんなんじゃないけど」
「俺その声に免疫全然ないから、小出しならともかくずっと攻められると死ぬ」
「死ぬの!?」
「松田…今度ちゃんと、明日にでも除菌スプレー持って来るから」
「肩に手を置きながらそういうこと言わないでくれる!? ていうかおれ菌なの!?
市販のスプレーでやっつけられるほど弱い菌なの!?」
「頑張って」
「おい」
「覚えてろよ、おれの方が絶対現国の点いいんだからなあああ」っていう雄叫びを聞き流して、なるべく早足で廊下の角を曲がった。
告白は告白でも、男から…なんだよね。多分。
ポケットに押し込んだ手紙を取り出して開いて読む。
時間と場所が指定された簡単なものだ。
この…筆跡とか、これがもし仮に女子が書いたんだとしたら軽く幻滅するくらいひどい悪筆だし、無記名なのも男からですって言ってるようなもんだと思う。
っていうか、いっそパソコンで打っちゃえばいいのに。
そんな感じで差し出し人に対して失礼千万なことを考えてたら、やっぱりというかなんというか、待ち合わせ場所で待ってたのは男子高校生の後ろ姿だった。
うーわあ、ビンゴ。…のん気なこと言ってる場合じゃないか。
なんとなく慎重に声をかけると、その人はパッとこちらを向いた。
知らない顔。理数科の一年じゃないのは確かだけど、柏木先輩と同じくらい中性的な顔立ちだ。
「篠原、くん?」
「こんにちは」
「こん…にちは」
「手紙をくれた人?」
「う、うん。そう。僕。
実はその、折り入って頼みがあって…!」
「頼み?」
あれ、告白じゃないっぽい?
ホッとして胸を撫で下ろしたのも束の間、次の瞬間爆弾が投下された。
「僕と付き合ってください!」
「……は?」
あ、どうしよ『は?』とか言っちゃった。
「えっ? あれ、僕今付き合ってってお願いした?」
「え? うん、付き合ってって言った」
「うわ、ごめんなさい! 間違いだから!
もう一回やり直、やり直すね!?」
「あ、はい、どうぞ」
先輩よりちょっと背の低い彼は、「ありがとう」とつぶやいて胸に手を当てた。
きつく目を閉じて口を開く????
「僕と付き合ってください!」
「お約束だけど言ってること変わってないからね!?」
「あれっ!?」
よくわかんないままとりあえず一旦教室に戻ろう、って提案されて、ホームルームも終わった放課後の美術室。
話を聞くところによると、彼の名前は七瀬麗、普通科の一年。
新入生代表だった俺を覚えてて、手紙を出したんだとか。
そんでもってそんでもって…付き合うとかなんとかは何だったの?って尋ねたら、
「付き合う…フリ?」
「うん。
む、無理かな? お願いできない?」
「その、理数科の彼氏?とケンカして『別れる!』って言ったはいいけど別れたくなくて、
ヤキモチやいて欲しいから俺にそのフリをしろってこと?」
「うん」
…らしい。
あれ、頭痛してきた…。
ていうか『彼氏』って言った?
カノジョじゃなくてカレシ?
いや、もう聞き返す元気もないけど。
「だっ…ダメかなあ」
今にも泣きそうな顔で『お願い』されれば、俺だって鬼じゃないんだから心もグラつく。
具体的に何するって手を繋いだり腕組んで、その彼氏の前を行ったり来たりすればいいみたいだし…これも人助けかなあ。
試験も終わったし、再来週の体育大会までにケリをつけてくれるんだったらいいよって請け負った後、
その『彼氏』の名前を聞いてすぐに時間を巻き戻したくなった。
「…で、俺を駆け込み寺にされても」
「そんなこと言わないでよ先輩!
俺どうしたらいいと思う?」
何度もシーンが変わってごめんねって感じだけど、ただ今先輩の部屋。
七瀬くんを見習って俺も先輩に泣きつく勢いで詰め寄ったら、あっさり部屋に通してくれた。
今度からこうやって入れてもーらおっ。
俺がベッドに、先輩が勉強机のイスに腰掛けて、一通り話の経緯を説明した結果。
結論から言えば…
『安請け合いする篠が悪い』。
でも仕方ない、頼られると引き受けたくなっちゃうんだよね。はあ。
「今さら断れないし、途方に暮れてるんです…」
「バカ。人が好いのはお前のいいとこだけど、今回のはただのバカ」
「ですよね…」
「どーすんの? 雪隆って…庄司のことだろ?」
「『ゆき』って呼んでるんだって」
「いや知らねえよ」
七瀬くんの恋のお相手は、仏頂面で寡黙で無口で、キレると手に負えない(文字通り手に負えない)との噂の、
庄司雪隆先輩だった。
ちなみに先輩と同じクラスのバスケ仲間。
だけど先輩とはそんなに仲良くないらしい。
「『ケンカしたんだって? 仲直りしろよ?』…みたいなこと言えない?」
「何それ今の俺のマネ? しばくぞ」
「ハグするんで許して下さい」
「わかったベランダから突き落とす」
「えっちょっ、マジ?
ぅわ目がマジなんすけどやばいってごめん、ほんとごめん、えっそんなに似てなかった!?
ごめんって先輩、ごめ、ぎゃあああああ」
閑話休題。
「あ、後から聞いた話、俺と夏目先輩が幼馴染みっていうのもあって俺に手紙出したんだって」
「ふーん。
で、やっぱやんの? 恋人ごっこ」
「ごっこって…イタッ」
(モノマネが下手すぎて)床に正座させられたまま、椅子に座ってる先輩の膝に顎を乗せたらデコピンされた。
ひどい。出来心なのに。
ちょっとムッとして足を崩す。
「なんか今日は…先輩冷たいね、なんか」
「は、はあ?」
「部屋に入れてくれた時はそうでもなかったのに…この話、した途端に機嫌悪くなりましたよね」
「んなわけねーだろ。篠のバカさ加減に呆れて、」
動揺してる? わかりやすいなあ。
わざとゆっくり立ち上がると、先輩が口を閉じて俺を目で追うのがわかった。
正面から、座ってるイスの背もたれに手を置き憧れの人を閉じ込める。
びっくりしたのかピクリとも動かないから、いや動けないのかな? どっちにしろラッキーには変わりないので、すかさずそっと唇にキスを落とした。
いつか先輩が、俺にしてくれたみたいに。
「人助けですよ、先輩」
目をつぶってもういっかい。
「ん…、知ってる」
「先輩にも協力してって頼んでるのに」
「わかったから、退けって…近い」
「ケチ」
最後にもっかいだけチュ、と唇の端にキスして離れた。
先輩のほっぺは赤く染まってゆでダコみたいだ。
やっぱ先輩ってどうしようもない位かわいいですね、って耳打ちしたら、
渾身の力で思いっきりベッドに突き飛ばされた。
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