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○月×日『裏切りのキス』
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「あ、まこと。おはよ」
朝、家を出ると僕を出迎えたのは矢野くんではなく将平くんだった。
すぐに回れ右をしたが、将平くんに腕を掴まれた。
「逃げなくてもいいだろ?」
「が、学校いかなきゃ……」
「回れ右したら学校じゃなくて家だろ?それに、今日は学校より大事なことがあるから」
……?
学校より大事なこと?
「昂平が来る前に行こ」
僕を引きずるようにして将平くんが歩き出す。
「しょ、将平くんは、会社は?」
「俺は今休暇中だから。」
将平くんの隙を作って逃げられないか、適当な話題をふって気をそらそうとするけど、将平くんは僕の腕を離してはくれなかった。
暫く歩くと、ビジネスホテルに辿り着き、もともと部屋をとっていたのか将平くんはカウンターを素通りしてエレベーターに乗り込んだ。
「あ。まこと、スマホかして」
もっていても、それを使って矢野くんに助けを呼べる機会はもらえないだろう。
でも、手放したくなくて狼狽えていると、将平くんが無遠慮に僕の制服のポケットに手を突っ込む。
「あっ、」
「無駄な抵抗しないの。」
簡単に僕からスマホを奪うと、将平くんは僕のスマホをいじる。
「……何してるの?」
だいたい想像はついてる。
「まことが消えたら昂平が心配するだろ?」
将平くんはエレベーターを降りると部屋へと向かって歩く。
「今日は腹痛ってことにしといたから」
矢野くんに不審がられないように、僕のスマホから矢野くんに連絡したのだろう。
きっと矢野くんは疑ったりしない、先日の僕の様子から想像すると、体調不良で休むことは逆にしっくりくるかもしれない。
「ほら、これで大丈夫」
将平くんが僕にスマホ画面を見せてくれる。
それは矢野くんとのメッセージ画面で、"おはよう、お腹の調子が悪いから、先に学校行ってください。ごめんね。良くなったら途中からでも学校行くね。"と、将平くんが僕になりすまして打った文章と、その下に"わかった。無理すんなよ。"という矢野くんからの返信があった。
「これで少しは安心した?」
将平くんは自分のズボンのポケットに僕のスマホをいれると、カードキーで部屋を開けて中に入った。
部屋の中に入ると、やっと腕を離してくれて、僕は慌てて部屋の隅に身を寄せた。
「はは、そんな怯えなくても。無理矢理どうこうしないって」
無理矢理ここに連れてきておいて、説得力がないよ。
「とりあえず話をしようか。」
将平くんはベッドに腰かける。
ドアに一番近い所に座っているのは、僕が逃げないようにするためだろう。
将平くんが長い脚を組むと、狭い通路が余計に通りにくくなる。
ひとつしかない出口が塞がれる。
「……話、て?」
将平くんが満足しない限りは、きっと返してもらえないだろう。
話だけで済むのなら、それだけで済むようにすればいい。
下手なことをしなければ、案外あっさり帰してくれるかもしれない。
「まこと、俺との事昂平に言ってないだろ」
一番気にしていたことを突かれる。
「なんで言わなかった?俺は内緒にしてあげるとは言ったけど、まことにもそうしろとは言ってないだろ?」
そんな事言われても、言えるわけない……。
「まぁ、言い難いよね。彼氏の兄貴にキスされて勃起したなんて」
その通りだ。
しかも、その後僕は……
「無理矢理されたって、泣きついたら昂平は許してくれたんじゃないの?ほら、キスは同意なしだし」
……そうかもしれない。
けど、あれは無理矢理なんかじゃ……
「まことは優しいね。でもね、その優しさに漬け込む悪いやつもいるからね」
漬け込む?
「まこと、おいで」
将平くんが手招きする。
怖くて、首を横に振る。
「俺はまことに酷いことはしないよ」
そう言って将平くんは微笑むけど、その笑顔が怖いんだよ。
「俺なら昂平の方が怖いね。好きな子レイプするなんて普通じゃないだろ。まことはなんでそんなやつと付き合ってるの。」
「……そんなやつって、将平くんの弟だよ……?」
実の弟のことなのにトゲのある言い方。
矢野くんがしたことを考えると当然かもしれないけど、将平くんは怖いくらい矢野くんに対して冷たかった。
将平くんて、昔からこうだったっけ……?
「……あの時は、友達だったし、」
「友達をレイプも普通はしないでしょ」
「……矢野くんは、不安だったって、僕が他に行くのが、だからつなぎ止めたくて……」
「人にはさ、理性ってものがあるんだよ。昂平にはそれが欠けてるよね。」
「矢野くんは、かわったよ?山梨先輩と付き合って、僕が篤也さんと…」
「山梨先輩……篤也さん?」
「あ…、えっと…」
つい数日前に帰ってきたばかりの将平くんは何も知らないんだ。
矢野くんとも連絡を取り合っていた訳では無いみたいだし。
取り合っていたとしても、矢野くんが話しているわけないか……。
「……えっと、山梨先輩は、ひとつ上の先輩で、僕とは委員会が一緒で、少しの間だけ矢野くんと付き合ってた人で……」
優しくて、いい人。
いつも笑顔で……
思いつく限りの山梨先輩と篤也さんのことを話す。
将平くんは僕のことをじっと見つめながら話しを聞いてくれてた。
僕と、篤也さんとのことがきっかけで、矢野くんと山梨先輩の接点ができて、矢野くんと山梨先輩は最初こそお互いを嫌っていたけど、矢野くんは他の誰にもない山梨先輩の人柄に惹かれて恋をした。
「昂平はその山梨くんと付き合って思いやりのある人間になったって言いたいの?まことは」
僕の話を聞いていた将平くんが、不思議そうに尋ねてくる。
「……近くで矢野くんを、ずっと見てて、すごく人間味がある人になったと思ったんだ…。確かに、まだ強引なとこや自分勝手なとこはあるけど、たぶんそれは相手が僕だから……、ずっと一緒にいた僕だから見せてしまう部分だって思う。だから、少し怖かったり、怒りたくなることがあっても、矢野くんを受け入れたいと思うんだよ…」
だから、僕の恋心は偽物なんかじゃない。
「その篤也くんに目をつけられたのも、昂平のせいじゃん。後々まことの彼氏になったにしろさ、そいつにも無理矢理ヤられてるじゃん」
「う"……、でも、すごくいい人なんだよ……?」
将平くんが僕から視線を外すと、呆れたような顔をする。
「……まことは優しすぎる。普通ならそんな奴らに関わったりしない。……まぁ、それを言ったら俺もだけどね」
「…将平くんと、関わっちゃダメなんて、嫌だよ。…き、キスとか……されるのは困るけど、矢野くんとのことも認めてもらいたいし、せっかく日本に帰ってきたんだから、昔みたいに仲良くしたい……」
将平くんは僕を弟のように可愛がってくれた。
またあの関係が戻ってくるなら、そうしたい。
本当の兄弟みたいに仲良くしたい。
「……まこと、」
将平くんは部屋の隅で縮こまってる僕の傍にきてしゃがむと、僕の頭を撫でる。
「昔みたいに仲良く?」
将平くんのその言葉に頷く。
「……無理だよ。まことが昂平と関係を切るまでね」
「なんで矢野くんとのこと反対するの?僕がいいっていってるのに、僕は矢野くんのこと許してるのに、」
「許してるの?今のまことと昂平て対等じゃないだろ。昂平だけいい思いしてる。好き勝手して、振り回して、強引に自分のものにしたんじゃないか」
…………対等じゃない?
対等でありたいと、いつも思ってた。
そうじゃなかったから。
なんでいつも身分不相応みたいに思ってたんだろう。
そうだ、あの日を境に、僕は僕を矢野くんより下に見た。
レイプされて、怖くて、矢野くんの言うことに従う性奴隷になりさがった。
将平くんの言う通り、矢野くんが僕を辱めなかったら、篤也さんとの出会いもあんな形にならなかったかもしれない。
矢野くんのせいで、友情も、篤也さんも、歩くんも、失ってるの……?
「昂平は、まことの選択肢を奪ったんだよ。全部自分に向くように。違う?」
「…………違わない、」
「まこと、もっと怒っていいんだよ。」
「怒っても、……僕なんか、すぐ丸め込まれちゃう」
今までも、ずっとそうだった。
辛かった分、優しくされたり、僕しかいないみたいなこと言われると、許してしまう。
本当は、僕と同じ目に合わせたいのに。
僕の辛さを知ればいいって、思ってるのに。
「俺がいる。まこと、俺を利用していいよ」
「利用?」
「昂平が何を恐れてるかわかる?わかるよね」
"僕が矢野くん以外の誰かのものになること"
「……将平くんは、そうしたいの?」
「俺は好き勝手やってるアイツが嫌いで堪らないんだ。だから、俺もまことを利用するんだよ」
将平くんの青い眼光が僕をまっすぐに射抜く。
僕はそれに吸い込まれるように将平くんの体に身を寄せた。
矢野くんと恋人になってから、幸せだけじゃない、もやもやした黒いものがあった。
……将平くんに言われて、それがなんなのかわかった。
嫉妬、怒り、苛立ち、そういった感情だ。
晴れることなく僕の中に蹲ってた。
きっとそれは、矢野くんにじゃなきゃ取り除けない。
矢野くんが僕と同じ辛さを経験してこそ晴れるものだと思う。
そう、謝罪なんかいらないんだ。
「将平くんは……僕を、矢野くんから奪ってくれるの……?」
そうだ、矢野くんは、僕を失って、苦しめばいいだ。
「うん」
将平くんは柔らかく微笑みながら頷いて、そっと目を閉じた。
僕は、将平くんの形のいい唇に、ゆっくり顔を寄せて、自分からキスした。
裏切られて、傷つけばいいんだ。
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