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○月×日『繋ぎたい』
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将平くんと関係を終わらせた。
あとは、矢野くんに告白するだけだ。
けど、将平くんと終わったあの日からもう1週間が経っているのに、今だに僕は矢野くんを前にすると言うことができないでいる。
それは、今現在の矢野くんが好きだからだ。
将平くんと関係を始めた頃の矢野くんと、今の矢野くんは違う。
あの大雨の日、矢野くんの気持ちを聞いて、心から矢野くんを受けいれて抱かれた気がした。
後悔してもいい、矢野くんと別れることになってもいいと、そう覚悟を決めていたはずなのに、僕の覚悟の弱さに情けなくなる。
「ゆず」
矢野くんに手を握られて、ハッとする。
慌てて矢野くんを見上げると、矢野くんは首を傾げながら僕を見下ろしてる。
「危ねぇから、ボーとすんな?」
僕らを通り過ぎていく人波を見て、自分がどれだけ周りが見えていなかったか気づく。
下校、帰宅ラッシュで人も車も多い時間帯だ。
矢野くんに手を引いてもらってなかったらぶつかっていたかもしれない。
「……ありがとう」
お礼を言うと、矢野くんが微笑む。
「なんなら家まで手繋ぐか?」
悪戯っぽい顔で、握っていた僕の手に指を絡めてくる。
「ぇ、……恥ずかしいよ、」
小さい子ならともかく、高校生にもなって手を握って歩いてもらうなんて……。
……恋人なんだから、手を繋いだっておかしくないけど、男子高校生が手を繋いで歩くなんて、変に思われるに決まってる。
「別に、誰に見られたっていいけどな」
僕の手を解放して、矢野くんが少しだけ寂しそうにそう呟いた。
「……誰に……て?」
全然知らない人ならまだしも、知り合いはまずいと思うけど……。
「誰でもだよ。学校のやつらとか、家族とか…」
矢野くんがゆっくり歩き出して、その背中を見ながら呆然としてしまった。
矢野くんの声色から、冗談で言っている感じはない。
本気で言っているんだろうか?
僕と矢野くんが仲がいいと知る友達や身内でも、手を繋いでいたらいくらなんでも変に思うはず。
仲がいい幼馴染みだからといって、もう手を繋いで歩く歳じゃないんだ。
「……きゅうにどうしたの?」
矢野くんは今までしたいことはしてきた。
例えば今の状況だったら、僕が嫌だと言っても手を握って歩いただろう。
けど、そうはしない。
ただ、誰に見られたっていいから手を繋ぎたいと、そう言ってるように聞こえる。
矢野くんが良くても、僕の気持ちがそうでなければ、無理強いはしないと、僕の気持ちを尊重してくれているような気がする。
僕の、都合のいい解釈じゃなければだけど……
「ゆずと、周り気にしないで、恋人ぽいことしたいんだよ」
きっと気のせいじゃない。
僕に背を向けてる矢野くんの顔は見えないけど、矢野くんの耳が赤く染ってるように見える。
胸が締め付けられた。
水族館で人混みに紛れて手を繋いだことがあった。
こんな街中じゃ、僕はそんな勇気出せない。
「……昂平くん、」
矢野くんの言葉に、愛情を感じる。
どうしてだろう。
どうして今更そんなことに気づくんだろう。
矢野くんは好き勝手してる、ワガママだ、僕の気持ちをわかってないなんて…………
……僕だって、自分のことしか考えてない。
もっと矢野くんに寄り添っていたら、将平くんを巻き込むこともなかったかもしれない。
…………後悔しないなんて、なんで思ったんだろう。
「ゆず、おいてくぞ」
矢野くんに呼ばれて、顔を上げた。
僕が隣に並ぶのを、矢野くんが待ってる。
「うん、」
矢野くんの隣に並んで、帰路についた。
手は繋げなかったけど、気持ちがどんどん繋がっていってる気がする。
それなのに、自分の思い描いてた理想の形を絶とうとしてるのは、僕自身なんだ。
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