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○月×日『矢野昔話~将平~③』★
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この関係にヒビが入ったのは、受験生を控えた冬のことだった。
「は?それって、留学するってこと?」
「まだ決めてない。けど、候補にはしてる」
一志は受験はせず就職。
俺は進学の道を選んでた。
その進学先のことで一志の顔色が険悪なものになる。
「地元の大学じゃダメなわけ?」
「……」
幼少期から、日本人とは異なる容姿のことで散々悩んできた。
弟に比べたら自分はマシな方かもしれないけど、俺からしたら、弟に比べて自分は中途半端だった。
白い肌に蒼い瞳に黒い髪というのが、アンバランスで、嫌いだった。
いっそのこと海外に出たらそのアンバランスな自分から開放される気がした。
そんな、自分のコンプレックスと向き合うためだけの理由。
ただ漠然と、その思いだけが今になっても燻ってた。
自分の持って生まれてきた色に溶け込んだら、嫌ってきたそれを好きになれる気がした。
ただ海外に出たい訳ではなく、できれば祖父の血を引く北欧へと思っていた。
旅行としてではなく、その地に滞在して、その地のことが知りたかった。
幼少期から思ってきたことだから、なんでかそれを果たすのが夢のようになってた。
だから留学。
義務教育を卒業して、新しい自分を見つけに行くには、いい機会だと思ってた。
そう、一志とこんな関係になるとは夢にも思っていなかったから……。
きっとこんな理由、一志は理解しない。
「地元の大学に進学したとしても、外国と交流できる大学を選ぶ。だから、どの学校を選択しても答えは同じだと思う。」
この話を一志にしたのは、一志との関係を終わらせたくないからだ。
そうじゃなかったら、今日話した話の内容は、進学先の事ではなく、別れ話だった。
「じゃあ、留学するから別れるってことか?」
「え」
一志から"別れ"という言葉が出て、胸の奥で嫌な音が鳴った。
「どこに進学したって外国行くんだろ?それって年単位の話しだろ。俺そんなに会えないとか無理だから」
「…………、帰ってくるよ、あっちにだって、こっちの学校と同じで夏休みとかあるんだし…」
別れたくない。
それを伝えたいのに、一志は冷たい顔をして、俺の方を見ようとしなかった。
どこかで、一志なら、待ってるから行ってこいって言ってくれると期待してた。
進路なんかで俺を手放したりしない、それくらい俺に惚れてるって、思ってた。
……だって、俺がそうなんだから。
こんな簡単に一志から"別れる"なんて言葉を聞くとは思ってなかった。
「……、」
ショックで、言いたいことが言葉にならなかった。
俺に、選択肢は無いんだ。
一志を好きな限り、一志を失いたくない限り、選択肢は無い。
じゃあ……、俺が夢を諦めたら、一志はずっと俺といてくれるんだろうか。
今は俺に夢中でも、根は女好きだ。
俺が払った代償に、こいつは応え続けてくれるんだろうか。
「……わかった、行かない。」
気づいたら、心にもないことを口にしてた。
「ほんとか?」
それに一志がパッと顔を明るくする。
「うん、……よく考えたら、一志は就職して忙しくなるだろうし、今みたいに、俺との時間が自由に取れるわけじゃないよな……」
代償とか、考えてたらダメだ。
駆け引きして、負けたら、一志を失うんだ。
そんなのは嫌だ。
留学できないより…………、
「なぁ、卒業したら一緒に暮らそ?」
一志が俺の体を抱き寄せる。
「俺頑張って働くからさ」
一緒に暮らす?
…………それは……正直、嬉しいけど。
今じゃない。
今そんな話されても、喜べない。
嬉しいよ、……嬉しいけど、今の俺は、未来が鎖(とざ)されて、呆然とするしかなかった。
留学を……夢を諦めて、一志といることを選んだ。
俺たち、……近くにいないとダメになる関係なんだ?
そう思うと、進学の道も、一志との未来も、急に真っ暗に感じた。
俺は高校を卒業して、地元の大学に通う事にした。
親には泣かれた。
自慢じゃないが俺が全国模試で上位に入るくらい優秀だったことと、小さい頃から外国に行きたがってたから、外国の有名な大学に行くことを望んでた。
けど、俺にとっても……自分の思い描いてた未来より、恋人を選んだこの道は、思っていたより満たされるものではなかった。
一志といられれば、自分の夢のことは自然と忘れられると思っていたのに。
その燻った思いに区切りをつけたくて、高校卒業後フランス旅行に行った。
まぁ、卒業旅行てやつだ。
一志と行きたかったけど、何度誘っても一志は旅行自体に興味がなく、また10時間以上も飛行機に乗るのは冗談じゃないと言われた。
俺の夢を潰したくせに、一志からのフォローは何も無かった。
詫びをして欲しいわけじゃないけど、せめて旅行くらいつきあってくれてもいいと思う。
けど、ギリギリまで一志は首を縦に振らなかった。
結局旅行は1人で行った。
フランスを5日間回った。
その間、誰とも連絡は取らなかった。
もちろん一志とも。
別に、一緒に来てくれないことに対して拗ねている訳では無い。
ただ、この旅行に集中したかった。
5日間のフランスの旅は、想像以上に楽しかった。
1人で惨めな旅行なんて、とんでもない。
一志への虚しい気持ちは忘れられた。
自分の夢を叶えるには5日間は短すぎる。
けど、めいっぱい楽しんだ。
建築物に、自然、たくさんの人々と接した。
自分のコンプレックスを、5日間の内1度だって気にすることはなかった。
最終日、機内から国を見下ろして、自然と涙が出た。
俺は、一志を選んだ。
間違ってないはずなのに、涙が出た。
なんの涙なんだろう。
わかってる。
…………未練だ。
一志に一緒に来て欲しいと思ってた旅行だけど、一志の存在を忘れて楽しんでた自分がいた。
自由に、ずっと夢見てた場所で好きなことやって、楽しかった。
これが、最後なのかと思うと、涙が出たんだ。
……また、旅行でくればいい。
そう思っても、たまらなくなった。
帰国して、真っ直ぐに部屋へ向かった。
卒業してすぐに2人で見つけた物件で同棲することになった。
もちろん家族にはルームシェアと言ってある。
まだ片付けは完璧じゃないし、家具も揃ってないけど、大学が始まるまでには片付る予定だ。
気持ちを切り替えて、2人の……一志とのことを大切にしていこう。
まだ数える程しか使っていない家の鍵を、鍵穴に差し込む。
まだ早朝だ。
きっと一志は寝てる。
土産は沢山買ってきた。
一志は喜んでくれるだろうか。
少し浮かれながら、だけど物音を立てないように部屋に入る。
けど、浮かれていた気持ちに急ブレーキがかかった。
目に入ったのは、女物の靴だった。
一志の靴と一緒に無造作に転がってる。
いや、靴がちらかってることなんてどうでもいい……、なんで、女物の靴が……俺たちの新居に……?
わかってる。
でも、違う。
違う。
一志は、俺と約束した。
女と寝たりしない。
俺だけにするって言った。
俺だけって……
こんなこと、考えること自体間違ってる。
そうだよ、間違ってる。
一志の部屋のドアノブに手をかけた。
ゆっくりドアを開くと、真っ暗な部屋から寝息が聞こえた。
息を飲む。
心臓が飛び出そうだった。
床には一志の脱ぎ捨てた服と、女物の下着。
ベッドには一志と、女が寝ていた。
眠る一志に女が寄り添うように寝てた。
もちろん裸で。
それが、どういう事なのか……、
分からないほど子供じゃないし、馬鹿でもない。
急に吐き気がした。
掌で口を塞いで、トイレへ駆け込んだ。
フランスでの最後の食事を全て吐いてしまった。
洗面台に移動して、口をゆすいで、ついでに顔も洗ったけど、スッキリしなかった。
まだ胃がムカムカする。
タオルを棚から取って、顔を拭いていると、背後に人の気配を感じた。
はっとして振り返ると、上半身裸にスウェットパンツを履いた一志が立ってた。
「おかえり」
欠伸をしながら、一志が俺に声をかける。
「……、」
俺は、声が出なかった。
だって、ただいまって、言える状況じゃない。
……なんでこいつ、こんな平然と俺に話しかけられるんだ?
さっき、女と寝てたよな?
俺に見られたとは思ってないのか?
それとも誤魔化せる自信があるのか……
「今日だったんだ、帰ってくんの」
「…………あぁ、」
どうにか声を絞り出して、一志に答えた。
「顔色悪くない?」
一志が首をかしげ、俺の頬に触れようと手を伸ばした。
「っ、」
俺は、それを体を引いて避けた。
無意識だった。
本能で、体が一志を拒絶した。
その行動に、一志が目を細める。
「ぁー…、見た?」
一志が何でもないって顔をしながら頭をかく。
「すぐ帰すからさ」
は?
一志は呆然とする俺を置いて寝室にもどる。
暫くして玄関で物音がする。
恐る恐る様子を伺うと、女が一志の腕に手を添えて、唇を顔に寄せて何か話している。
それに一志が笑って何か答えると、女は部屋から出ていった。
「…、………っ」
一志がこちらに来るのが見えて、体が反射的に動いた。
こちらに歩いてくる一志の横を通って、玄関に置きっぱなしにしていたキャリーケースのロッドを持つ。
「は?どこ行くんだよ」
玄関のドアノブに手をかけようとした俺の手を、一志が掴んでくる。
「俺に触るなっ」
一志に掴まれた手を、振り払う。
ついでに一志の胸を突き飛ばして、距離をとった。
「痛てぇんだけど。何怒ってるわけ。意味わかんねぇ」
「わかんないのはこっちだよっ、なんだよっ、さっきのっ」
「将平がなかなか帰ってこないから、ちょっと遊んだだけじゃん」
「遊んだ?寝たんだろっ?」
「将平が外国行ったからじゃん。連絡も全然返ってこないしさぁ」
「それと、なんの関係があるんだよ。俺が外国行くのと、お前が女と寝るのになんの関係があるんだよっ」
「怒鳴るなよ……、1回だけだって。」
「……回数の問題じゃない」
一志は、鬱陶しそうにため息をつく。
なんでそんな態度……?
……俺が悪いのか?
俺が、旅行に行ったから?
旅行中連絡を絶ったから?
でもそれは、俺なりの譲歩だったから…。
留学を諦めたんだから、これくらいは良いだろうと思ったから……。
たった5日間だ。
帰らないわけじゃない。
一志には行先も期間も伝えてあったのにだ。
俺の帰りが待てなくて、女と寝た。
「………………別れる、」
自然と言葉にしていた。
留学の道を絶たれたからじゃない。
裏切られたからだ。
「は?何言ってんの。」
一志に腕を掴まれる。
また振り払おうとしたけど、今度は簡単にはいかなかった。
「痛いっ、離せよっ」
指が食い込む程強く掴まれて、拒めなかった。
「嫌だっ、一志っ」
腕を掴まれたまま、すごい力で引きずられるように一志の部屋に連れ込まれる。
嫌がる俺をベッドに押し倒して、両腕を抑え込まれる。
一志がさっきまで女と寝てたベッドだ。
嫌なのは当然だと思う。
嫌だ。
嫌だ。
気持ち悪いっ
「い……っ、」
パンっ、と、乾いた音が鳴った。
嫌だ。
そう叫んだつもりだったけど、言葉にならなかった。
頬を打たれたからだ。
ショックでそう気づくのに時間がかかった。
とはいっても、数秒のことだ。
けど、一志にとっては好都合だったんだろう。
暴れなくなった俺の服を剥ぎ取った。
「…………一志、やめて…」
言葉にしたそれが、一志にちゃんと聞こえていたかは分からない。
凄く、唇が震えてた。
怖かったからだ。
俺の気持ちが、一志に通じない。
俺だけだって言ったのに。
大事にするって、言ったのに。
「……ぁ、……いっ」
一志が入ってくる。
「かず……痛……っ、」
「別れるって、なんだよ。別れないからな……っ」
力いっぱい身体を抱きしめられる。
一志が乱暴に動くたび、下半身の痛みが増す。
「ぁ…はっ、かず……やめ、」
「別れないって、言えよ」
「んっ、ぅ」
首を振る。
「言えよっ」
「嫌だっ」
一志が腕を振り上げたのが見えた。
殴られる。
そう思って目を瞑った。
同時に瞳に溜まっていた涙が零れた。
無理矢理ひらかれた下半身が痛いんじゃない。
打たれた頬が痛い訳でもない。
「…………約束したのに……、」
「……何?」
「俺だけだって、」
「は?」
涙で霞んだ先の一志の顔を真っ直ぐに見た。
「女とは寝ない……俺だけだって、約束した。大事にするって、言ってくれたじゃないか……」
「……、」
一志の拘束が緩んだ。
その隙に一志の下から這い出て、距離をとった。
一志はどこか呆然としていて、もう襲ってくる気配はなさそうだった。
衣服を身につけて、一志の部屋から出ようとすると、一志が俺の腕を掴んだ。
振り払おうとしたけど、一志の手の力があまりに弱々しくて、驚いた。
「将平……」
一志と目線が合う。
「……俺のこと、好きか?」
「は?」
一志がおかしな質問をするから、間抜けな声が出た。
だって、今更何言ってるんだ。
「女とヤって怒る程度には……か?」
一志が寂しそうに笑う。
……なんで急にそんなこと言うんだ?
なんでそんな顔する。
裏切られて傷ついてるのは俺なのに、なんで一志のほうが傷ついてるような顔するんだよ。
今度は俺が、一志の頬を打った。
一志は痛がる素振りも、怒る素振りも見せず、俯いてた。
一志を打った手が、ヒリヒリと傷んだ。
言いたいことが沢山あったのに、一志が空っぽになったみたいに動かずに俺のことを見ないから、何も言えなくなってしまった。
これで終わり?
こんな呆気ないのか……?
結局、夢だけじゃなく、一志も失うのか。
俯く一志を置いて、部屋を出た。
体が痛い。
一志が無理矢理するから、切れたのかもしれない。
……頬も、痛い。
そんなに強く叩かれたわけじゃないけど。
それより、
胸が……
痛い。
苦しい。
涙が抑えられなかった。
終った。
全部。
夢も、一志も。
失った。
全部っ
家につくまで、人目も気にせず泣き続けた。
玄関前で、弟とその友達のまことが玩具で遊んでいるのに気づいて、慌てて目を擦ったけど、涙は止まらなかった。
家を出ていったはずの兄が帰ってきたことに、弟が嬉しそうな顔をして『兄ちゃん』と駆け寄る。
まことも一緒になって俺のズボンの裾を小さな手で握ってくる。
その無邪気な2人の笑顔を見て、堪らなくなった。
2人の前にしゃがみ込んで、泣いた。
幼い2人は真っ白で、純粋だ。
もっと、素直に一志に接していればよかった。
一志と対等でありたかった。
一志が遊んできた子達と一緒になりたくなかった。
捨てられたくなかった。
だから自分の口から"好きだ"と素直に言葉にしたことがなかった。
一志には分からないなんて思わずに、将来のこと全部話せばよかった。
小さい頃からの夢なんだって。
そうしたら、旅行くらいはついてきてくれたかもしれない。
全部一志が悪いわけじゃない。
俺だって、和志の気持ちの上であぐらをかいてた。
でも、
一志のした事は許せない。
いくら一志が好きでも、許せない。
弟たちの前で泣いていると、ポケットにあるスマホが音をならした。
スマホを手に取ると一志からの着信だとわかった。
目が醒めたように思った。
こんなふうに繋がれる環境にいてはダメだと。
一志を焦がれることもないくらい、遠く離れた場所にいこう。
一志の居ない場所で、やり直そうと……。
「……昂平、まこと、兄ちゃんしばらく出かけるから、元気でな」
2人の小さな頭を撫でて、そのまま家を出た。
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