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○月×日『有言実行』
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将平くんの部屋で3人で机を囲んだ。
こないだのような重苦しい会議ではない。
今日は先日決まった大学受験のための勉強会だ。
今の時期慌ててやるのはおかしな話になるかもしれないが、矢野くんは"やれば出来るのに面倒でやらないタイプ"だから、将平くんが先生になって勉強を見てもらうことになった。
最初は学校や図書室でー……と思ったが、矢野くんの集中力が続きそうになかったので、矢野家に場所を決めた。
矢野くんの部屋でなく将平くんの部屋にしたのも、勉強だけに集中する為だ。
矢野くんの部屋で2人きりで勉強だけに集中できるわけが無いからだ。
こうして将平くんの部屋で、つきっきりで将平くんに見ていてもらうのが1番だろう。
「……将平くん、ごめんね、休暇中なのに」
僕が参考書から顔を上げると、将平くんが苦笑いする。
「謝るのはこっちだよ。馬鹿な弟に付き合わせてさ」
「ぇ、ううん。僕も勉強したいし」
「でもまことはコツコツやってきただろ?こいつみたいにギリギリになって焦らなくてもいいようにさ」
大学は自分の学力にあった所を選んだ。
だから普段からやってきたことを本番で発揮するだけだ。
コツコツと勉強していたのは保険みたいなものだ。
自分は矢野くんみたいに"やればできる"てタイプでもない。
容量が良くないのも自負してる。
心配性な性格のせいもあるから、少しでも本番までの保険を作っておきたかっただけだ。
焦ってしなくていいようなミスをしないために。
でも、だからといってサボってもいられない。
矢野くんに付き合って勉強することは僕にとってもプラスになる。
なにより優秀な将平くんが先生になってくれるんだから、かなりありがたいことだと思う。
「将平くんの教え方わかりやすくて、自分で勉強するより楽しく勉強できるから」
そう言うと将平くんが僕の頭をグリグリと撫でる。
「まことはいい子だなぁ」
こんなやり取りが、なんだか自分に本当のお兄さんができたみたいで嬉しい。
けど、矢野くんは目ざとく、今まで黙っていたのに、将平くんが僕の頭を撫でた瞬間顔を上げ、将平くんの手を叩いた。
「さわんなっ」
勉強のストレスもあるんだろう、矢野くんはイライラして見える。
「La jalousie」
「また英語かよっ」
「英語ではJealousy」
「はぁ?じぇ?」
「ジェラシーだよ、昂平くん。嫉妬」
僕がそう言うと、矢野くんが「そのくらいわかるわ!」と言って悔しそうに参考書に視線を戻す。
「将平くんがたまに話してるのってフランス語?」
「そうだよ。」
「英語なら耳で聞いて単語拾うくらいならできるんだけど会話はなぁ…」
「外国語て面白いよ。まぁ、自分が興味あるから勉強したんだけど、やっぱり苦手な人は苦手だろうね」
外国語が面白い……
そんなふうに思ったことは無いけど、将平くんが英語やフランス語を口にするとすごくかっこいいなと思う。
映画で外国人俳優さんがカッコイイなぁと感じる時に近い感覚だ。
まぁ、矢野くんに対して外国語を口にする時はわざと揶揄うためにつかっているんだろうけど。
「何ヶ国語話せるの?」
「そうだな……英語、スペイン語、フランス語、ドイツ語、中国語……今はロシア語を勉強中かな」
「えぇ……?」
聞いたのは自分だけど、思ったより多くて頭が痛くなりそうだ。
参考書に齧り付いてた矢野くんも3カ国目くらいから顔を上げてポカンとしていた。
「通訳のお仕事してるからそんなに話せるの?」
「外国語が沢山話せるから通訳になれるってわけでもないよ。俺の場合は外国を知ることが趣味みたいなもんなんだよ。そうだな、その国の歴史を知るのが好きなんだ。言語もその関係で興味深くて勉強してるうちに会得したんだよ。語学留学もしたしね。日本だけじゃないけど、趣味に没頭する人いるだろ?オタクていうんだっけ?」
将平くんは簡単に言うけど、趣味に没頭してそれを職業にまで繋げられる人は多くはないと思う。
才能だったり、もちろん努力も必要だと思う。
自分はそれほどまでに何かに没頭したことは無い。
進路が決まっているとはいえ、大学だって特にやりたいことがあっていく訳では無い。
大学くらい卒業しておいたら?という両親の声があったから、なんとなく大学は卒業しておかなければという頭になっていたからだ。
将平くんみたいにやりたいことを見つけて、行動に移せる人は素直に尊敬してしまう。
すごくカッコいい。
将平くんもさっき言っていたけど、確かに外国語が沢山喋れるからと言って通訳になるのは難しそうだと思った。
ただの日常会話とは違うだろうし、今回将平くんは社長さんの通訳として日本に来たと言っていた。
なんの会社の社長さんかはわからないけど、きっと会社ならではの専門用語などが飛び交うんだろう。
きっとそういった知識がなければ務まらないと思う。
「兄貴、マジで外国オタクだったんだな。しかもフランスだけじゃないってさ。全然知らねぇ」
「お前は興味もなかったろ?」
将平くんが何を今更って顔で苦笑いする。
「大学いってもね、就職先は専門分野と全然関係ないとこだったりするのはよくあることだよ。だからまぁ、そんな気負わず、今は合格することを目指そう」
将平くんのその言葉を聞いて、イライラしていた矢野くんの表情がなんとなく晴れた気がした。
……18で将来決めるって難しいよね。
とりあえず大学入っちゃえ!と言われる方が楽な気さえする。
どうなるかなんてまだまだわかんないんだから、大学入ってから決めたって遅くないって言って貰えて、心が楽になったのかも。
「……ありがとな、兄貴」
珍しく矢野くんが感謝を口にする。
照れ隠しだろうが目は参考書に向けられていたけど、間違いなく将平くんに向けられた言葉だった。
「добро пожаловать(どういたしまして)」
「はぁ?またフランス語かよっ」
「ブー!ロシア語ですー」
「くっそ!腹立つな!」
矢野くんがムキになって机に齧り付く。
それを将平くんと僕は目を見合わせてバレないように笑った。
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