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○月×日『視線と赤い頬』
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山梨先輩は、篤也さんのそばにいるために県外大学受験を辞め、地元の大学を目指すために勉強をしていた。
ホントは僕に付き合って同居生活なんてしてる場合じゃないのかもしれない。
「見ててもつまらなくない?」
真面目に机に向かう姿を見ていると、先輩が顔を上げる。
「……ごめんなさい、気が散りますよね」
「いや、それは大丈夫だけどね。柚野ちゃんがつまらないでしょ?一緒にでかけたりしたいけど、ごめんね」
「全然、気にしないでください。行きたいとこもないし……、先輩大変な時期なのに僕に付き合ってこんな環境で勉強しなきゃいけなくて……僕の方がごめんなさい」
頭を下げると、先輩の手が優しく髪をなでてくれた。
「いいんだよ」
優しい笑顔。
なんて優しい人なんだろう。
先輩には、絶対幸せになって欲しい、できれば篤也さんと。
「ただいまー」
部屋主の篤也さんは基本僕らより帰りが遅い。
篤也さんも就職活動で忙しいみたいだ。
「おかえりなさい」
先輩と二人で出迎えると、疲れた篤也さんの顔が少し和らぐ。
「なにしてんだ?二人で勉強?」
僕が首をふると、先輩が呆れたような声を出した。
「僕、一応受験生なんですよ……」
「あー、そうだったな。それより、まこと今日学校どうだったんだ?」
篤也さんの視線が僕に移される。
「ぁ……大丈夫でした。先輩がいてくれたから」
「そっか。良かった。で?まことはこいつの勉強見てんのか?」
「特にすることないし……僕も来年は受験生だから、参考にさせてもらって…」
「つまんねーだろ。……よし、でかけるか」
篤也さんが思い立ったように、就活用のスーツを脱いでラフな格好に着替える。
そして部屋着姿のままの僕の手を握ると、玄関へ向かった。
「俺らがいない方が勉強捗るだろ。なんか土産かってきてやるよ」
玄関のドアを開けながら、篤也さんが先輩に声をかける。
「……なにか美味しいものがいいな。行ってらっしゃい」
先輩が手を振って送り出してくれる。
部屋の外に出ると、もう外は暗くなっていた。
「どこ行きたい?どこでもいいぜ」
少し、子供のようにはしゃぐ篤也さんが可愛かった。
「先輩、勉強頑張ってるのに僕らが遊ぶのは……」
「何してたってわかりゃしねえよ。言ったろ?俺らがいない方が勉強も捗るって。」
先輩がそういった訳では無いけど、きっとその通りだろう。
部屋の中で騒がれては気が散るだろうし、受験生には独特のストレスがあるものだ。
「なにか甘いもの、買っていってあげたい…」
「まことは俺よりあいつに懐いてるよなー」
「そんなこと……、二人とも好きです」
「拗ねんなよ、知ってるって」
篤也さんが僕の肩に腕を回しながら僕の頬をつついてくる。
別にすねている訳ではないのだけれど……。
「……?」
ふと、視線を感じて立ち止まった。
辺りを見回してみるけど、晩御飯にはいい時間帯で人通りが多くて、特に変わった風情ではなかった。
「まこと?」
篤也さんが僕と一緒になって辺りをキョロキョロと見回す。
「……誰かに見られてる気がして…。気のせいかも…」
「……どちらにせよ、あの糞野郎ならすぐわかるだろ。派手な外見してるからな」
篤也さんにそう言われて、それもそうかと納得する。
背も高いし、日本人離れした顔立ちと、綺麗な金髪は目立たないようにしても周りがほっとかない。
「ホモカップルがいちゃついてるように見えたんじゃねえの?」
「え」
確かに、こんな人通りの多いところで男同士が密着して歩いていたら変かも。
篤也さんはいつも距離が近いから慣れてしまって気づかなかった。
「……困ります」
「可愛いやつ。セクハラ上司じゃねえんだからつれなくするなよ」
そう言って篤也さんはまた僕の肩に腕を回す。
男女のカップルだってこんなに密着してないよ…。
恥ずかしいけど、こんなに堂々とされると気にならなくなってしまう。
「ま、念のためになんか食うもの買ったら帰るか。」
「はい」
その後ファーストフード店に寄り、3人分の晩御飯を調達し、先輩のためにお土産のドーナツを買って帰った。
帰り道、少しだけさっきの視線を気にして歩いたけど、特に何も感じることなく部屋までつくことができた。
たとえ矢野くんだったとしても、篤也さんが一緒だから大丈夫だ。
「ただいまー」
篤也さんが部屋に入りながら2度目の帰りの挨拶をするが、部屋の中から返事は帰ってこなかった。
「蘭?」
篤也さんが不審そうに部屋に入るが、そこには誰もいなくて、先輩の勉強をしていた形跡だけが残っていた。
「蘭っ?」
篤也さん少し慌てたように洗面所やトイレを除きに行くが、先輩の姿は見つからなかったようだ。
さっき、変な視線を感じただけに、嫌な予感が頭を過ぎってしまう。
「まことはここにいろ、俺外見てくるから……」
篤也さんが玄関へと引き返した時、玄関のドアがゆっくり開いて山梨先輩が顔を覗かせた。
「あれ、もう帰ってきたの?」
驚いた顔をする先輩の手には缶コーヒーが握られていた。
どうやら、自販機にいっていたようだ。
少しの入れ違いで変に焦ってしまったと、胸をなでおろした時、乾いた音がした。
山梨先輩の手から缶コーヒーが落ちて、足元に転がる。
「どこ行ってたっ、ひとりで出歩くなよっ」
篤也さんの怒鳴り声に身が縮んだ。
「…………僕は、大丈夫だと思って」
先輩が頬を手のひらでおさえながら口を開く。
さっきの乾いた音は、篤也さんが先輩を打った音だったのだと気づく。
先輩の唇には少し血が滲んでいた。
「軽率すぎるだろ。お前だってあの糞野郎の反感勝ってんだから、勝手なことするなっ」
「……………………ごめんなさい」
先輩が俯くと、篤也さんは舌打ちをしてタバコを掴むと、ベランダに出てしまった。
「…………ごめんね、怖かったよね」
先輩は小さく微笑むと、缶コーヒーを拾って部屋に上がった。
勉強道具一式の前に座ると、俯いてしまう。
「……あの、さっき誰かに見られてる気がして、だから篤也さん、先輩のこと心配して…」
「…………そっか、だからか。……ちょっとビックリした」
先輩の瞳に涙が浮かんだように見えた。
先輩の長い前髪で、それが涙だったのかどうかはわからなかったけど、少しはフォローになったんだろうか、先輩は暫らくするとまた勉強に戻った。
けれど篤也さんはベランダに出たまま、部屋に入ってこない。
タバコ1本分の時間はもう過ぎたと思う。
静かにベランダに顔を出すと、灰皿には既に三本の吸殻を貯めた篤也さんが新しいタバコを咥えながら僕を見る。
「悪かったな。」
タバコに火をつけながら謝罪されるけど、僕は首を振った。
「……先輩に言ってください。…叩かなくてもよかったはずです…」
「…………だよな。思わず……」
そう言って篤也さんは自分の手を見下ろした。
きっと、篤也さんは自分が思ってる以上に先輩の事を想ってる。
あそこで、頬を打つのではなく、抱きしめてあげたら良かったのに。
心配したんだ、て。抱きしめてあげたら…。
「あいつには適当に謝っとく」
「てきとうじゃなく、ちゃんと謝らなきゃ駄目です。先輩はちゃんと謝ってたでしょう?」
篤也さんの顔をのぞき込むと、篤也さんが面を食らった顔をして、笑い出した。
「まこと、母親みてえ」
「真面目に言ってるのに…」
「わかったよ。ちゃんと謝る」
そう言って肩を抱かれ、甘えるように寄り添われる。
先輩と喧嘩して凹んでいるのか、篤也さんが可愛く見えた。
先輩が相手だとこんなふうになるんだ。
なんだか微笑ましい。
「気が済んだらご飯食べますよ」
「はいはい」
ベランダから室内に戻ると、先輩が洗面所から出てくるところだった。
遠目でも頬が赤いのがわかった。
軽い音だったから、腫れる程とは思っていなかった。
氷で冷やした方がいいかなと、おどおどしていると、ベランダから戻った篤也さんが先輩に歩み寄り、腫れた頬に触れた。
「悪かった。腫れてるな……痛いか?」
「…………」
先輩は何も言わずに首を振った。
「飯買ってきたけど、食えるか?」
「……、先に寝ます。明日食べますから…」
「…………わかった。」
どこか素っ気ない態度で、先輩は布団に入ってしまった。
篤也さんは困ったように顔を歪ませると、極力物音を立てないように食事をはじめた。
好きな人に打たれるのはショックだったのかな…。
けど、篤也さんが先輩を大切に想ってのことだったと思う。
明日になれば、なんでもないように笑ってくれてるといいな。
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