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〇月×日『恋人』
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「あ」
「あ」
「……」
学校の中庭でバッタリ。
暫くお互いの顔を見つめあったまま固まってしまった。
矢野くんと山梨先輩。と、僕。
矢野くんは僕の隣ではなく先輩の隣に立っている。
お昼ご飯を中庭で済ませた帰りというところだろうか。
「……久しぶりだね」
気まずい空気の中、言葉を発したのは先輩だった。
「君と話さなきゃとは思ってたんだけど……、怖くて…」
先輩は僕とは目を合わそうとはせず、少し俯いたまま小さく口を開く。
その唇の端は赤黒く変色していて、痛々しげだった。
矢野くんが、篤也さんに殴られた顔の腫れは引いたと言っていたけど、どうやらまだ完全に傷が消えたわけではなさそうだ。
「……僕、酷いことして、ごめんね……ごめんなさい」
先輩が頭を下げる。
最後は涙声で声が掠れてた。
胸が締め付けられた。
「先輩、先輩は、何も悪くないんです。僕が優柔不断で、考えなしだから……、普通に考えれば分かることなのに……僕……」
上手く行きかけていた篤也さんと先輩。
そこに図々しく割り込んだ。
好きな人が自分以外を気にかけるなんて、どれほど切なく苦しいことか、僕は知っていたのに。
「嫌だったら、そう言ってたよ。本当に柚野ちゃんの力になりたかったんだ。……ただ、自分があんなにあの人に執着してるなんて思わなかったんだ…」
上手くやれてるつもりで、上手くいくつもりだった。
自分が弱いなんて思わなかった。
ただの嫉妬で誰かを傷つけるなんて思わなかった。
「柚野ちゃんの気持ちも、わかってるつもりだったのに……」
先輩の瞳から涙が零れた。
細い身体が小刻みに震えてる。
その体を、支えるように矢野くんの手が先輩の肩を抱く。
矢野くんから、矢野くんは先輩が好きだと聞いていたけど、目の前で先輩のことを壊れ物のように大切に触れる矢野くんを見るのは辛かった。
「……いい、大丈夫だから」
先輩が矢野くんの手を肩から下ろそうとするが、矢野くんは従うつもりがないらしく、知らん顔をする。
「ちょっと、」
先輩が涙を拭いながら矢野くんを睨み上げる。
けど矢野くんはまだ知らん顔をしている。
「……昂平、」
先輩が困ったように、どこか恥ずかしそうに小さくそう言った。
すると矢野くんはやっと先輩を見て、満足気な顔をして先輩から手を離した。
「……僕、柚野ちゃんと話したいから」
「じゃ、先戻ってる。またな」
矢野くんは見るからにご機嫌な様子で先輩にそう言うと、通り過ぎざまに僕の頭を軽く撫でて校舎へと歩いていった。
僕は先輩と2人になって、いたたまれなくなった。
どうやら先輩も同じようだった。
慎重に言葉を探してる様子で、僕は何を言われるのかと身構えた。
「……矢野くんに聞いたんだけど、その……柚野ちゃんとは話がついてるって…」
「え?」
「………………柚野ちゃんとは、ただの幼馴染みだって」
"ただの、幼馴染み"
誰の口から聞いても心がえぐられるようだ。
それでも、それは事実だ。
矢野くんには、ちゃんと答えをもらったのだから。
自分がいくら幼馴染み以上に想っても、矢野くんが違えば僕らの関係はそこまでなんだ。
「先輩……さっきは、昂平て…………付き合ってるんですか?……矢野くんと」
「付き合ってないよ。……最近、名前で呼んでくれって言われて…、呼ぶまで言うこと聞かないから……」
矢野くんが先輩と距離を縮めたがってる。
「……ごめん、君の矢野くんへの気持ち知ってるのに僕…………彼が僕の何を気に入ったか分からないけど、寂しくて、心細くて……」
甘えた。
好きな人に受け入れてもらえなくて、ぽっかり穴が空いて、埋めてくれるなら誰でも良かった。
「……僕、先輩のこと責められない……、僕も篤也さんに甘えてたから……」
「…………あの人、元気?」
先輩の瞳が潤む。
嗚呼、まだ想ってるんだ。
先輩以上に、篤也さんは先輩に酷い仕打ちをしたと思う。
そんな彼を、まだ好きでいられるんだ。
少しだけ、自分と似ていると思ってしまうのはおこがましいだろうか。
「僕、実家に戻ったんです。それから会ってません…」
「……そう、……僕は、もう会うこともないだろうから。…、………でもすぐに忘れられないよね、憧れて、好きになって…………辛いことの方が多くても、でも楽しくて幸せな思い出もあるから……」
まっすぐに先輩が僕を見る。
何かを決心したような、凛としていた。
「昂平と付き合おうと思う」
僕は小さく息を飲んだ。
「好きだから付き合って欲しいって言われたんだ。」
「…………先輩、篤也さんは…?」
「もう会わないから。…まだ気持ちはあるけど、晃平はわかってくれてる。君たちがただの幼馴染みなら、僕は彼に甘えるんじゃなく、応えていきたい。」
先輩がゆっくりと頭を下げる。
深く、長く。
「ごめん」
この謝罪は、僕が矢野くんのことを好きなのを知っていて、矢野くんを受け入れることへの謝罪だ。
嫌だよ。
嫌。
けど、僕にそんな事言う権利ない。
僕はちゃんと矢野くんにふられてる。
矢野くんが先輩を好きなのも、先輩がそれに応えようとするのも、止める権利がない。
先輩には、幸せになって欲しい。
先輩の応援がしたい。
それは、嘘なんかじゃない。
自分の好きな人が幸せになるなら、いいじゃない。
「……先輩、幸せになって」
思わず涙が零れた。
先輩の目も見れなかった。
「柚野ちゃん、ありがとう」
先輩が校舎へと歩いていく。
僕はずっと俯いてた。
唇を噛み締めたけど、涙は堪えられなかった。
その日、矢野くんに恋人ができた。
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