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馬鹿でも必死
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『久方振りに連絡して来たかと思えば、なんじゃその物の言い方は。』
「やき今更あんなむっさい男だらけの家に帰るなんて死んでも嫌や言うとるんや。」
『誰がおんしゃのそんなくだらん意見を聞く言うた。わしは帰って来い言うとるんじゃ。もう十分時間はやったやろ。いい加減諦めて帰って来いや。』
「……嫌や。」
『りゅ…【プツッ…】
「………」
ギャンギャン煩い声がブツッと切れた。強制的に切ったというのが正確や。
家に着く寸前に、俺は親父に電話を掛けた。桐島から1時間置きに『親父さんには連絡したか?』としつこくメールが届いた。今日も家帰ったらその事についてガミガミ文句言われるのは嫌や思うて、ついさっきやっと俺は親父に電話を掛けた。
「チッ…相変わらずうっさい。」
画面を暫くじっと見つめてポケットの中にしまった。
親父は相変わらず煩かった。久しぶりに聞いた声も全然変わってない。普段の親父は能天気で楽天家。怒る事も少ないし真面目に話しをするタイプでもない。
けんど今回の電話は真面目過ぎた。声も変わってはなかったけんどちっと怒っとった。
「……誰が帰るか。」
ガン、とアパートの古びた階段の1段目を蹴る。
桐島が待つ家の中へは中々入る気にはなれんくて、俺は階段に腰を掛けた。
鞄の中から煙草を取り出し火をつける。
持ち運びこそしとったけんど、煙草を吸うのは久しぶりやった。
深呼吸をするかの様に煙を吸い込むと、こっちに来て一回も味わって無かった煙草の味が口いっぱいに広がる。
イライラしてたまらん。なんでこんなにイラつくのか、それは久しぶりに親父の声を聞いたせいや。やき俺は電話したくなかった。
親父の声を聞いたら、帰らないかんという事実が容赦なく突き付けられるきや。
フーっとまた大きく煙を吸い込む。
肩の力を抜いて今度は大きく息を吐く。
白い煙が目の前いっぱいに広がった。
「…不味い。」
ポソリと呟いて指から煙草を離して地面に落とし、足でグリっと踏み付ける。
久しぶりの煙草は美味しくなかった。
吸えばスッキリすると思うたのに、余計にイライラしてしまう。
「帰りたくない。」
あ〜。何回これ呟くがやろうか。
頭でも何度も帰りたくないと呟く。でも俺はもう帰らんといかん。頭を抱えてうーんと悩んでしまう。
桐島はいっちゃんらぁに俺が引っ越して来た理由は「社会科見学や。」と言うた。
間違いではない。俺がこっちに来た理由は確かに世の中の事を良く知る為でもあった。俺は頭が悪いき、都会に出て色んなものを学び知識を少しでも身に付ける為にここに来た。
……間違いではない。
けんど、俺は家出をしてここに来た。
あんなクソッタレな極道の家で腐って死んで行くくらいなら、俺は自分のしたい事を見つけて、サラリーマンでも何でもいい、ヤクザという肩書きから脱したくてあの家を出た。
親父にも、組の奴等にも内緒で出て来た。
唯一、桐島だけには俺の気持ちを全部話した。ほんなら、桐島は俺も一緒に行っちゃる。って言うてくれて、引っ越しの資金とか桐島が特に親しくしとった数人の組の奴等に協力を仰いでくれて、俺をあの家から逃がしてくれた。
桐島だけは俺の味方でおってくれる。
そう思っちょった。
「…っ……」
けんど桐島はそうじゃなかった。あいつは俺が知らんと思うとるけど、裏で親父と手を組んで俺をワザと県外に連れ出したって、こないだ桐島が親父と電話しゆう時、そのやり取りを聞いてしもうた。
馬鹿な俺が県外に出ても、世の中の厳しさを知り、ヤクザの元に生まれた俺が普通の仕事に就いて普通に生活出来る場所なんて無いと、俺に現実を叩きつける為に桐島はその監視役として俺に着いて来たがやった。
その電話聞いた時は、桐島をぶん殴りたくなったけど、殴ったところで現状が変わるわけでもない。
『卒業するまで、待ってはくれませんか?』
………桐島が親父にそう頼みよった。俺はこっちにおれる期限を定められとった。何が卒業するまでじゃ……。
俺は二度と高知には帰らんつもりやったのに、桐島には二度と高知に帰らんという考えは毛頭無かった。
『身の程をわきまえろ。』『自分がするべき事は何か。』
以前そう言われたけど、その時は俺がヤクザの人間である事、その重い鉛を抱えながらもこっちで生きて行く為に精一杯努力しろ。って言われとると思うた。でもそうじゃなかった。
結局俺は裏の人間であって、表では何をどう頑張っても生きていけん。俺がするべき事は組の長になって裏の仕事をしていく事やと早く気付け。と、桐島は言ったつもりやったんや。
俺自身、桐島へ親父が連絡を入れて来たって聞いた時、親父がついに俺の居場所をつき止めて無理矢理連れ戻そうとしちゅうがやと思うたけんど、それもそうじゃなかった。
案外こっちで粘る俺を見て痺れを切らしたらしい。
俺は今年18になる。
俺の組では、13歳と16歳、それぞれの年に体に組を表す刺青が彫られる。
でも俺は16歳の時、それを頑なに拒んだ。
左肩にはもう一つ墨が入っとるけど、もう片方の肩にも墨を入れるなんて死んでも嫌やと思うて、必死になって今日まで逃げのびてきた。
でもそれももう無理ながや。
多分、いや絶対に、今高知に帰ったら間違いなく右肩に墨入れらされて二度と組から逃げれん様になってしまう。
俺は、束の間の自由を与えられただけで、何からも逃げ切れてなかった。
……親父は俺が馬鹿でアホな人間やと思うちゅう。
中学、高校、碌に通うてない俺が、一人で生きて行くなんて天地がひっくり返っても無理やと思うちゅう。
やき俺は、頭良くなりたい。
一人でも生きて行ける。一人の普通の人間として都会でもやっていけるって、親父に証明しちゃる。この肩に残る刺青もいつか綺麗サッパリ消してみせる。皮を剥ぐことになっても、どんな手を使ってでもかまん。
この胸糞悪い肩の飾りは絶対消してみせる。
「……くそ親父。」
命のやり取りが繰り返されるあんな日常に、今更誰が戻るか。
こっちで…まだやりたい事がいっぱいあるんや。
俺は、絶対帰らん。
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