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甘口と辛口
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昼休みは午後12時から13時までの一時間。
食堂は昼休みに入るとすぐ生徒でいっぱいになる。現に、昼休みに入り15分もしない内に食堂のテーブルは満席となった。
パンが販売されている購買の前には行列が出来上がっている。賑やかな声があちこちから聞こえて来るが、僕の隣に居る人物は誰よりも賑やかだった。
「いっちゃんって、毎日食堂でお昼食べゆう?」
「まぁ、そうだね。」
カレーを口に運び、そう答えると彼は「俺も毎日食堂やで。」と言った。そしてどこか嬉しそうにスプーンいっぱいにカレーを掬い、はむ、と声を漏らしながらカレーを食べ始める。
「ん?…なんかめっちゃ甘くない?…」
「そうかな?普通だと思うけど。」
「んー、俺んちのカレーはいっつも辛口やき、こんな甘いカレー食べたの初めてや。」
日野が珍し気にそんな事を言ったから、僕ももう一口カレーを食べてる。
……確かに、言われてみれば甘い?のかも。
そう言えば以前学食アンケートで、うちの学校のカレーは辛過ぎるとコメントが幾つか上がってた気が……
「いや、やっぱり普通だよ。」
「え〜、絶対これ甘過ぎやって。」
「君の家のカレーが辛すぎただけだよ。」
アンケート内容がすぐ反映されるとは考え難い。
甘いと言われたから、脳がそう認識してしまいそうになっただけだ。
このカレーは普通だ。
「けんどカレーって凄いよな。お腹空いてなくても食べたら食欲増すよな。」
「お腹空いてないの?」
「いんや、めっちゃ空いとる。」
「………」
なんだ…例え話か。
「暖かいものや辛いものを食べると汗が出るでしょ?汗の気化熱によって体温が下がるから自然と食欲も増すみたいだよ。あとカレー粉に含まれる辛味成分にも食欲増進効果があるみたいだよ。」
「??ふぇ〜。カレーってほんま凄いなぁ。」
パクリと、二人してカレーを口に運ぶ。
日野は一口食べる度に、「甘い。けど美味い。」と繰り返し呟いた。
大盛りに盛られたカレーを食べ進めていく中、チラチラと日野から視線を外し、そして皿に視線を戻す度に奇妙な事が起こっている事に気が付く。
「いっちゃん物知りやな。カレー博士や。」
「常識というか、普通にネットに乗っていた事を話しただけだよ。」
どう見てもおかしい。先程からカレーを食べ進めているのに、何故かカレーが減った気がしない。
「……日野」
「ん?」
隅々までカレーを見つめてみる。
こんなにカレーを眺める日が来るなんて思いもしなかったが、よく見ると、不自然に僕の皿の端にはジャガイモがこんもりと盛られている。
そして、僕のカレーに何が起こっているのかを悟った。
「嫌いな食べ物を他人に押し付けるのはどうかと思うよ。」
「えっ」
びくりとした日野の反応を見て更に確信した。
体を彼の方に向け、ビシっと日野のカレーに指を差した。
「とぼけないでよ。僕が視線を外した隙に君のカレーからジャガイモだけを僕の皿に移してるのもうバレてるから。」
日野のカレーは、改めて見てみるとジャガイモが一つも入っていない。
カレーの中の具材で主役とも言えるジャガイモが一つも見当たらないだなんて、おかしいに決まってる。
僕のお皿の端には、明らかに日野が意図的に移したジャガイモの山。
「いい度胸だね。嫌がらせのつもり?」
そう指摘してみると、日野は白状した。
「違うっ‼︎嫌がらせとかやない‼︎」
「じゃあなに?ジャガイモが嫌いだから僕に食べさせようとしたの?どっちにしろこの量は嫌がらせだよね?」
「やき違うちや‼︎いっちゃんカレー好きそうやったき…わ…分けちゃっただけや‼︎」
「なら返すよ。見ての通り今日は大盛りにしてもらったから分けてもらわなくても結構。」
「ゔっ」
ポイ、と一つジャガイモを日野の皿に戻してやると、彼は苦い顔をした。
ほら、ジャガイモ嫌いなんでしょ。なんて心の中で言い放つと、口元が自然に緩んでしまう。
「食べれないなら素直に言いなよ。」
「……ごめんなさい。」
シュン、と耳を垂らして謝って来た彼を見ると、子供みたいな事をするんだなぁ。と笑えてくる。
「ちゃんと言えば食べてあげるから、黙って人の皿に移すのはやめてよね。」
もう一言そう注意を促すと、日野はウルウルと目に涙を溜め、「ありがとう。」と言ってきた。
涙が零れ落ちそうになった彼を見ると、またポケットティッシュが必要になりそうになるが、日野はぐっと涙を堪えカレーを食べ始めた。
「俺んちのカレーな、ジャガイモ入ってないがよ。口ん中でモサモサするジャガイモなんかカレーの具には必要ないと思うがやけんど。」
「カレーにジャガイモが入ってなくてどうするの。」
丁寧にジャガイモだけを避けてカレーを食べた日野が少し理解出来ない。
学食のメニューは他にも沢山あった。
ジャガイモが使われていない定食でも食べたら良かったのに。
「メニュー表に具材が全部記されてたでしょ。嫌いな食べ物が入ってるって分かってたならなんでカレーにしたの?」
メニュー表を見なくても、カレーにジャガイモが入ってるなんて誰でも知ってる事だ。
なのに何故、嫌いな物を避けて通らなかったのか気になり、日野に尋ねてみると、彼はニカリと歯を見せて笑った。
「…?なんで笑うの?」
「んーん、なんもない。俺もカレー食べたくなっただけ。」
「…………」
気のせいか?…彼の笑顔を見ると一瞬ドキッとした。
「……そ、そう。」
ドキ、ドキ、ドキ……ってこれはなんの音だ?
彼から視線を外し、止めていた手を動かす。
カレーを口に運んだら明らかに先程とは違う味がした。
「…甘いね。」
普通だと思っていたカレーの辛さが、ほんのりと甘くなった気がした。
大盛りだったカレーも、山盛りに移されたジャガイモも全て完食する頃には、僕も日野も満腹感に満たされていた。
日野には沢山聞きたい事があったけど、結局この時はカレーの話しで時間は潰れてしまった。
「お昼休み、もう終わるね。」
ボソリと呟いた言葉は、きっと彼には聞こえていなかった。
誰かと食事をしながら会話をすると、こんなにも時間が経つのが早いのか。
「午後からの授業、寝ないでよね。」
「もちろんや‼︎」
トレーを持ち立ち上がる。
日野にそう告げて僕はその場を離れた。
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