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対、保護者
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思い切った事をしたと思う。
学校に引き返して日野の住所を確認し、そしてここまで一目散に駆けて来た。電車で二駅。割と近い場所で良かったと安堵したが、日野の家に着くと桐島さんが扉を開けた。
日野は僕と行き違いだったらしく、何時に帰って来るかは彼次第だと言われた。
「悪いの。ちっと散らかっとるけんど男二人で住みゆう部屋や。大目に見て下さいな。」
「いえ。こちらこそ突然押し掛けてしまって申し訳ございません。」
日野とは行き違いになってしまったけれど、逆に良かったかもしれないとこの時僕は思った。
部屋へと上がらせてもらい、六畳も無い部屋の片隅に腰を下ろした。桐島さんがお茶を淹れてくれて、昔ながらの脚の低い円形状の木で作られた机を挟んで桐島さんも座った。
「まぁあいつが帰って来るまで茶でも飲んで世間話でもしましょうかね。」
桐島さんが、ズ、と湯飲みに注がれたお茶を一口飲む。僕も続けてお茶を一口飲み、一度机に置く。
「あの、唐突で申し訳ないのですが。」
日野と行き違えて良かったと思ったのは、桐島さんと一度こうして話がしたいと思っていたからだ。
「日野…君が、学校を中退するって本当ですか?」
真っ直ぐ、桐島さんの目を見て尋ねると、桐島さんの湯飲みを持つ手がピクリとした。
そして先程までとは違う瞳が僕に向けられる。
「ほんまや。手続きが終わって荷物をまとめ次第ここを出て行く。」
「彼が望んだ事ですか?学校を辞めたいと…彼自身が望んでそうしたのですか?」
間を取らないまま質問を続ける。
僕はどうしても信じられない。日野はきっと学校を辞めたいなんて思ってないだろうと心のどこかで思っていたから。
だけど、家庭の事情だと先生は言ってた。
「……彼がこれ以上ここに居たらいけない理由があったんですか?」
「…………」
桐島さんもその続柄なら、僕は今、“その道”を歩む人と対話をしている。
怖くないはずがない。発する一言一言が慎重になる。
だが、今更ビクビクと怯えるつもりもない。
「あんた、どこまで知っとる?」
「………」
その落ち着いた声と、冷徹な瞳が僕を刺す。
彼について知るという事は、同時に色んな覚悟を決めなければならない事になる。
でもその覚悟はもう出来ている。
「彼の左肩に入っていた刺青を見ました。」
「……」
その返しは、日野がその道の者だという事を知っているという意味を表している。
桐島さんの目の色が変わった。
「あの馬鹿が…」
「………」
やがて、大きな溜息を吐いた桐島さんは、湯飲みを持ちお茶を啜った。
「まぁえい。どの道あいつはもうここにはおれん。」
「あの‼︎……ここに居れない理由って…何ですか?…」
「………」
勢いよく声を出したはいいが、語尾が濁る。
目の前にいる人から発せられる緊張感と圧迫感、威圧。全てが今まで経験して来たどの体験にも該当せず、発言がどこまで許されるかもコントロールが効かない。
「あの…」
「…………。」
ただ見つめられているだけなのに、冷や汗が額から流れ、体の芯が冷えて行く。
初めて身が震える程恐怖していると分かった。
「すまんの。一般人の会長さんには話せん事や。お引き取り願えるか?」
「いえ…帰りません…。」
「………」
怖い。僕よりも遥かに小さいこの人に怯えている。だがその目はまるで獣の様に鋭く、気を抜いた瞬間命を食われる。
その恐怖と感覚が体中を巡る。
「彼は、最近先生方から褒められる事が多くなりました。授業中も居眠りをしなくなり、遅刻も無くなりました。嫌いだと言っていた勉強にも前向きに取り組み熱心な姿勢を見せていました。」
「………」
「ご家庭の事情でそうするしかなかったのなら、僕は何も言える立場ではありません。だけど彼は今朝会った時はいつも通りの彼でした。思い込みかもしれませんが、彼に中退の意思は無いと思います。」
賭けだった。もし本当にご家庭で何かあったなら、その時点で僕の発言は意味を成さ無くなる。むしろ傍迷惑なお節介だ。
でも、その家庭の事情が学校を止めなければならない程の理由ならば、日野は一言くらい僕に何か言ってくるはずだ。
「………」
「…………」
緊張、動悸、汗に震えが止まらない。
でも聞きたい事は山のようにある。
「教えて下さい。僕は彼の事が知りたいんです。」
「なんで?」
知りたい。理由があるなら一つしかない。
「不謹慎かもしれませんが、僕は彼の事が好きです。」
震えながらも、声ははっきりと出せていた。
桐島さんは表情一つ変える事無く、僕の言葉を待っている。
「僕には想像もつかない世界で彼は育って来たんだろうと思います。きっと僕が彼に近付こうとしても彼は拒むと思います。生まれ育った場所や家庭はその人の価値観を決定付けてしまうものかもしれません。彼がこれまでどんな道を歩んで来たか僕には想像もつきません。決して明るい道では無かったと思います。だけど彼は飄々としていていつも笑って居ました。僕はそんな彼を好きになりました。彼はその事に気付いていません。僕の独り善がりです。だけどこの気持ちはちゃんと彼に伝えるつもりです。その時には、僕自身も彼についてきちんと知っておきたいんです。」
好きだから、全部受け止めたいと思える。
全部知りたいと思うし、知ってほしいと思う。
今の僕にある気持ちを全て吐き出した。
「それで?」
「………」
ピシャリと言い放たれた冷たい言葉。
でもその返しに僕は再び言う決意が出来た。
言わないと、僕はきっと後悔する。
「日野を、僕にください。」
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