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懐かしむ
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机を挟んで桐島さんと返杯を繰り返し、濃度の強いお酒が体に染み渡り頭がぼーっとする中、気になっていた日野の過去についてを聞いていた。
そして日野が小学6年生の時の夏。
その話をする前に、桐島さんはなぜか着ていたシャツを徐に脱ぎ始めた。
「…え」
初めは、お酒を飲んで体が火照り、暑くなって来たから服を脱いだんだと思った。
「あの…」
だが、桐島さんの体を見た瞬間、お酒で火照った僕自身の体の熱は、サーっと波が引いていくように冷めていく。
「その年の夏、俺は死にかけた。」
「……」
桐島さんのその言葉は、その体に刻まれた無数の傷が“本当にそうだ”と言っているようだった。
腹から脇腹に掛けて、刃物で切られたかのような傷。
火傷の跡もちらほらと見受けられる。
くるりと体の向きを変えたその背中にも、同じような傷があった。
「悪いな。見苦しいもん見せた。」
「…いえ」
小さな声で返すと、桐島さんは服を着て目の前のお酒が注がれたグラスを手に取った。
「当時、龍にも何人か友達がおった。そして夏休みに入ると、その友達らぁとキャンプに行く言い出してな。」
「………」
「その頃は橘組も大人しくなっちょったき、ほんまにあの時の事は俺の気の緩みやった。そのキャンプ場を橘組が襲ったがやない。キャンプ場は日野組総出で龍には気付かれん様に守りを固めとった。それに俺は安心してしまって、自分の身を案じてなかった。」
グラスに入ったお酒を飲み切り、今度は僕のグラスにお酒が注がれた。
…その後の桐島さんの話は、僕の想像を遥かに超えたものだった。
友達同士で夏の思い出を作ってほしかった桐島さんは、日野に橘組から被害を加えられないよう守りを固めていた。日野組に属する者をありったけ集めて。
だが、これで日野は大丈夫だと安心した瞬間、その時、キャンプ場を取り囲むある日野組の車が襲撃された。
その車に乗車していたのは桐島さん。
車の窓に催涙弾が投げ込まれ、意識を失った桐島さんが目覚めた時に居た場所は、橘組が所有する屋敷。
その時橘組が狙っていたのは、日野では無く桐島さんだった。
「どっから話聞き付けたか知らんけどな。橘組の奴等は俺が龍の本当の兄貴やと思うたらしく、俺を殺せば龍も悲しむし、親父さんの怒りを買えると思うたらしい。」
「………」
だが、そのやり方は残酷なものだった。
手足を縛られ、日野組の内部情報を聞き出そうと拷問を受け、時に刃物、時には拳銃を肌に当てられ、未だ癒えることのない傷を、一つ、また一つと桐島さんの体に刻みつけた。
「中々情報を喋らん俺に対して相手もイラついてきよってなぁ。俺の携帯使って龍に電話しやがった。」
「………」
そして桐島さんが人質に取られている。今にも殺されてしまいそうだと電話で受け取った日野は、橘組の屋敷へと向かった。
到着した途端、そこに居合わせていた橘組と桐島さんを奪還すべく日野と屋敷に来た日野組の者は争いを始める。
普通の人が見れる光景ではなかったと桐島さんは言った。
どこまでも広がる血の海と、乱闘を繰り返す組同士の殺し合い。
そんな中見えた、初めて日野が殺気を放った鬼の顔。
…………
ここまで話を聞かされた時、桐島さんは長く伸び右目にかかっていた前髪を上げた。
「まぁ橘組は性格も悪けりゃやり方もエグい。」
「…っ‼︎」
桐島さんの素顔を見た瞬間、また全身の血の気が引いた。
「力では日野組は圧倒的に橘組より強い。もちろんその時は日野組が相手を押して橘組は負けを確信するとそそくさと逃げて行った。けんどその前に、橘組の下っ端が龍の目の前で俺の右目をグサっと刺して行きよってなぁ。まぁ俺を殺すつもりでやったがやろうけんど。」
少し笑みを零しながら、昔あった事を懐かしむかのように話す桐島さんを見ると、僕は下を向いてしまった。
…桐島さんの右目には、体のどの傷よりも深いであろうものが、痛々しい程にくっきりと残っていた。
「そのせいで右目は失明したけんど、まぁ生きとるき俺はそれでかまんかったがやけんどな。」
問題は、その時日野がとった行動だと桐島さんは続けた。
「俺の右目を刺した男に龍が飛びかかってな。落ちとった刃物でその男の腹をグッサリと刺したがよ。」
「え」
「まぁ別に人殺した訳やない。けんど龍はその時初めて刃物を手に取り、人を刺し、自分の手を血で染めた。あいつは未だにそれを引きずっとる。刺した男は死んでないのに、「俺は人殺しや」とうじうじ言いよる。ほんまうっとい。」
「あの…」
「大体‼︎俺は平気やとその時何べんも言うたがぞ⁉︎やのに敵の輪の中に自分からのこのことやってきよって‼︎『優ちゃんを守れんかった。ごめん。』とか隣でウジウジ泣かれたらうざくて堪らんに決まっとるやろ‼︎」
「…あ、あの…」
ダン、とグラスの底を思いっきり机に叩きつけた桐島さんは、酷く怒っているようだった。
「『優ちゃんの兄やのに、守れんくてごめんな。』とか言うて来たき、俺は言うてやった。『お前みたいな兄は要らん。というか6つも俺の方が年上やのにお前が兄って何事ぞ。』」
「……」
「『それに、お前は今日まで俺が守って来たんや。“弟”は黙ってこれからも兄貴に守られとけ。』とな。」
「………」
「右目が無くなろうが、手足をもがれようが、俺は龍の本当の兄として、この身を掛けて龍に付く。あん時のあいつの怒り狂った顔は今でも忘れれん。あいつらしくない。龍には気の抜けた馬鹿丸出しの顔が一番似合っとる。」
“それに、本当はその時少し嬉しかった。”
“龍があんなに俺の事を心配してくれたのは初めてやった。”
“親父には『迷惑掛けやがって』と怒られたが、その時は初めて親父が俺の事を本当に心配していたという顔が見れた。”
桐島さんは、懐かしみ、時に悲しそうな顔でそう続けた。
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