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兄として
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会長さんが帰った後、一人きりになった部屋の中をぐるっと見渡した。
以前当たり前の様に住みよった場所とかけ離れた六畳も無い狭い部屋。
ゴミ袋が2つ壁に、こてん、と置かれ、流し台の中はまだ洗ってない今朝使った食器が散乱しちゅう。
冷蔵庫の中は必要最低限の調味料と保存の効く食べ物。
敷き布団は荒々しく折り畳まれ、部屋の隅に放られとる。
「はぁ。生活感丸出しやな。」
ため息を吐くと、少し笑ってしまった。
龍と二人暮らしするなんて、1年前の俺なら考えられんかった。県外にこうしてあいつと来れて、特に俺は毎日する事もなかったけんど、あいつにとってこっちでの毎日は掛け替えのない時間になったはずや。
「短い間やったけんど、楽しかったなぁ。」
ポツリと呟いて床に腰を下ろした。
ここに来る前の事を思い出すと、少し懐かしくなる。
地元では、完全に俺と龍の間には日野組の中での“兄弟関係”が続き、歳を重ねる毎に俺はあいつの事をいつしか『若』と呼ぶようになった。
龍は俺の事を『優ちゃん』と呼びよったけんど、ある日を境にやめさせた。
龍があだ名で人を呼ぶのは、相手に自分の事をはっきりと意識させる為やった。
“自分だけはあなたの事をこう呼ぶ。”
呼ばれた相手は自然とその名前に愛着を持ち出す。
そして呼んでくれる相手に親近感が湧く。
龍にとってそれはコミニュケーションであり、人と接するための一つの手段やった。
でも俺はそれをやめさせたかった。
愛着湧いた名前が突然呼ばれんなった時、あれ、マジで結構キツイがぞ。
龍、お前はいつ死んでもおかしくない立場におるんや。
その名前を呼んでくれるただ一人の人間がぽっくりこの世からおらんなったら、悲し過ぎるやろ。
そんな事ないと思うけど。って思う奴もおるかもしれん。
けんど俺はそれが怖くて怖くて堪らんかった。
やき、みんなから共通で呼ばれる『桐島』にしてくれと頼んだ。
あいつは初めこそ苗字で呼ぶのはよそよそしいと言って嫌がっちょったけんど、今はもうすっかり桐島が定直した。
笑うか?
俺は呼び名如きでビクビク怯えよるちっさい男や。
あの会長さんの事、お前はなんて呼びよるんやろうなぁ?
俺はいつかお前がぽっくり死んでしまうと心のどこかで思うちょったき、お前がおらんなってもすぐ忘れれるように、無意識のうちにお前の事遠ざけよったかもしれんな。
それに、龍が体を求めてくる時は、決まってあいつが何かを大事にしたいと思った時やった。
大事なもん作るなって言いまくって悪い事した。
お前がおらんなった時、残された者の事を考えてほしい。
その一心で龍の心に蓋をしてしまった。
あいつがいつまでも色んな事に対して無頓着なのは、過保護過ぎた俺のせいかもしれんな。
決められた道からは逃げられん。その道は決して長くない。
どこで終わるかも分からんその道中では、自分の事を第一として考えてほしかった。
「はぁ…」
あと、一つ会長さんに言いそびれた事がある。
龍が馬鹿なのはろくに学校に通うてなかったきや。
決して、根っからの馬鹿って訳やない。
「あいつはやれば出来る男や」って、言いそびれた。
「さてと。」
深呼吸をして、携帯を取り出す。
自称馬鹿に繋がる番号を押して、携帯を耳に当てた。
『はい。』
ワンコールもせんうちに、すぐに馬鹿が不機嫌そうな声で電話に出る。
「お前今どこや?」
『駅の近くの薬局におる。』
「薬局?なんでまた薬局?」
『トイレットペーパー切らしとったやろ。』
「…ああ。」
龍はブス、とした声やった。
そして少し黙り込んだあと、喉から声を絞り出すかのように『貰った五万は使ってない』と言うた。
「そうか。」
使ってない。が龍の出した答え。
でもお前にはまだ覚悟が足りん。
「丁度えい。お前そのまま駅に行け。」
『は?なんでや?』
「………まぁ、ちと無理させてしもうたきな。」
『??』
出した答えは、それをちゃんと伝えないかん人が、お前にも、会長さんにもおる。
「行ったら分かる。走って行けよ。」
盃を交わしたら、その瞬間そいつとは兄弟や。
俺は兄として、お前らがちゃんとそれを伝えれるように、背中を押しちゃる。
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