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フライング
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「あだっ」
「………」
ペチン、と綺麗な音が鳴った。
「い、痛いやんかっ‼︎なんでいきなりデコピン⁉︎」
今は校舎裏に日野と二人で居る。
僕が先程、渾身の一撃を額にお見舞いしてやると、日野は少し涙目になって僕に縋り付いてきた。
「なんでって…僕が怒ってる意味分かるでしょ?」
「分からん。」
「…………」
即答で返され、逆に言葉を詰まらせてしまう。
腕を組んで胸を張り、目の前で威張った態度を僕に見せる日野を見ると、呆れてため息が出た。
「さっきのあれ、なに?」
「ん?あれ?」
「とぼけないでよ。全校生徒の前であんな羞恥をこの僕に晒させた事に対して、君は謝罪の一言も僕にしないつもり?」
「…………」
開会式。あれは突然の出来事だった。
僕が会長からの挨拶をしていると、日野はいきなり大声を発し僕の事を呼んだ。
名前だけならまだ良い。問題はその次に発した言葉だ。
「だってほんまにあの時のいっちゃん可愛くて、なんかもう言わずにはおれんかったがやもん。」
「もんって……」
ブスっと頬を膨らませ、人差し指と人差し指を合わせ始めた日野はまるで悪い事をした事を誤魔化そうとする子供の様。
「だからってあんな事……」
「あんな事?」
日野は僕が言い掛けた瞬間、急に顔をパァっと明るくさせ、犬の耳を立て首を傾げた。
いや……犬の耳は僕の幻覚だ。
「なな‼︎あんな事ってなに?」
「……っ……」
言葉を詰まらせる僕の顔を日野は覗き込んでくる。
顔を何度背けても、目をキラキラと輝かせてまた覗き込んでくる。
「いっちゃん、言ってくれんと分からん。」
「…………」
「あんな事ってなに?」
「……………」
絶対ワザとそう言ってる。
「…だから……」
「ん?」
分かってるくせに…
「……口パクで…あんな恥ずかしい事言わないでよ…」
「口パク?」
「……………」
あんな事が何なのか、自分で口にしてみたけれど、思いの外声は小さくて、そして日野がどんどん僕を壁に追い詰めて来て、顔が近付いて、とうとう壁に背中が着いた。
「ああ。口パクなぁ〜?」
「………」
トン、と日野が壁に手を着く。
それと同時に日野は僕の耳元に顔を近付けてきた。
「“あ い し て る ”って……ちゃんと伝わってたみたいで良かった。」
「〜〜ッ」
吐息交じりのその言葉が鼓膜に響く。
「あは、いっちゃん耳まで真っ赤やで〜」
少し顔を離した日野は僕の様子を見て楽しんでいるようだった。不覚にも僕は今、恐らく……いや、かなり取り乱してしまっている。
「ふざけないでよ……」
「ふざけてないって。俺はいつでも大真面目や。」
「……っ…」
正直、あんなドラマみたいな恥ずかしい事をこの馬鹿がまさか全校生徒の前でするとは思っていなかった。
「僕が…あの時どれだけ恥ずかしかったか…」
「んー?けんど多分いっちゃん以外気付いてないで?『愛してる』なんて俺がいっちゃんに向けて口パクしたの。」
「に、二回も言わないでよ‼︎」
ポカッ、と日野の胸をつい殴ってしまう。
もちろん本気では殴ってないけど、日野は痛がるフリをして笑った。
「恥ずかしかった?……嬉しくなかった?」
「…っ……」
日野の胸に着いた拳を掴まれ、そのまま腕を引かれる。
「俺、その時思った事はその時相手に伝えるって決めたがね?…やきあの時無性に言いたくなったき言った。」
後頭部に手が添えられ抱き締められる。
日野の落ち着いた声と、大きな体が僕を包み込んだ。
「いっちゃん人気者やもん。けど、いっちゃんは俺のやってみんなに知らせたくて。ちょっとだけフライングした。」
「なにそれ……」
顔が熱くなって、心臓の音はグラウンドに流れる体育祭特有の音楽に負けないくらい大きくドクドクと跳ね上がってくる。
「迷惑な事したならごめんな?」
「別に迷惑とかじゃないけど……」
「ないけど?」
「………」
もうすっかり、この感覚はこの人物に支配されてしまった。
完全に日野のペースに飲まれる。
「……時と場合、あと……場所を考えて…」
ゆっくりと僕も日野の背中に手を回しそう呟くと、日野は嬉しそうに「分かった。」と言ってはにかんだ。
「………」
確かに、あの時恥ずかしかったのは本当だ。
全校生徒の前で取り乱しそうになってしまう程、本当に恥ずかしかった。
だけど、同時にどうしようもなく嬉しい気持ちにもなった。
あんなクサイ事をされたのに、別に嫌な気も迷惑だとかそういう気持ちは込み上げてはこなかった。
今僕の肩に顔を乗せて嬉しそうに笑い、尻尾を振ってる上機嫌な日野には言わないけど、『愛してる』なんて、これまで生きてきた中で一度も言われた事がなかった言葉だ。
「いっちゃん〜、女の子から告白されてもちゃんと断ってなぁ〜?」
「心外だな。僕を信じてないんだ?」
「いや信じちゅうけど心配ながやもん‼︎」
「大丈夫だよ。大丈夫だからいい加減離して。長袖だからこんなにくっつくと余計暑い…」
「なっ‼︎それなんか酷くない⁉︎くそっ、ならもっとくっつく‼︎」
「ちょ、日野っ」
……校舎裏。今は僕と日野以外誰も居ない。
この日、全校生徒が同じ体操着に身を包む中、長袖の体操着を着た生徒なんて僕と日野だけだ。
それが何を示すのか、その意味を知っているのは僕と日野だけという事が、何故か少し特別の様に思えて、ただ単純に嬉しかった。
「日野っ、暑いから‼︎」
「えいやんかぁ〜‼︎もっとイチャイチャしようやぁ〜」
本当に、自分でも何度も不思議に思う。
とんでもなく煩くて、暑苦しくて、あんなに人が大勢居る中、あんな恥ずかしい事をさらりとしてしまう大馬鹿者を
何故僕は好きになってしまったのだろう。
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