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号砲
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樹、日野、そして俺がスタートラインに立つ。
その間日野の馬鹿は陽気に観客席の方に向け手を振ったり、変なポーズを決めてはしゃいでいた。
樹はそれを見てため息をついてる。俺も呆れてため息がこぼれた。
「お前、緊張感ってのがねぇの?」
「ふふん、こういうお祭り事は楽しまんといかんやん?」
楽しむのは大いに結構だけど、見てるこっちが恥ずかしい。
「いっちゃんにもナルにも悪いけんど、一位は俺がもらうわ。」
「自信満々だな。」
「だって俺、こういう競い合いでは負けた事ないもん。」
「へぇ」
無駄に自信満々な馬鹿は胸を張ってピースサインを見せて来た。どうやら本当に自信があるらしい。
「二人とも、ちゃんと後ろ見て。来てるよ。」
樹がそう言い、後ろを向くと丁度俺達が居る所まで残り20メートルといったところを前のランナーが走って来ていた。
「よっしゃ、いっちゃん!俺の走りちゃんと見よってな!」
「僕も走るんだから見てる暇なんて無いよ。」
「違う!俺がいっちゃんの前走るき、その背中ちゃんと見よってって事!」
「なにそれ、君に負けるつもりないんだけど。」
「お前らいい加減黙れよ。出番来るぞ。」
その後すぐ、バトンが渡される。
3組ほぼ同着と言ったところだった。
精密に言えば、走り出したのは青、赤、黄の順番だ。でもその差は無いに等しい。
走り出すと、言ってた通り先に前に出たのは日野だった。普段の馬鹿丸出しの顔とは打って変わり、走り出す直前の日野の顔は真剣そのものだった。
けど、いくらこの馬鹿が走るのが得意と言っても、別に追いつけない程じゃない。相手との距離の差はほとんど無い。
全力で走れば、追いつける。
「成海、本気で走ってる?」
「はっ、……あ?」
「悪い癖……ちゃんと走りなよ。」
走ってる途中、樹と並んだ。
お互い息上がってんのに、俺が加減してる事をすぐ気付いて指摘される。いや、樹は最初から分かってたのかもしれない。
俺がこういう事すんの一番めんどくさがる事に。
「じゃ……先行けば?……別に俺はこれが限界。」
「…………」
どうせ今から全力出しても、あの闘争心剥き出しで前を突っ走ってる日野には、追いつけても日野の前に出る事は難しい。
別に、こんなただのリレーなんてどうでもいいし。
「やっぱり僕は、お前が嫌いだよ。」
「は?」
「新が見てるのに、残念だよ。」
「…………」
そう言葉を残して樹は俺を抜いて行った。
「……………」
新が、見てる。
別に、あいつが見てるからなんだってんだ。
あいつは俺の事、この場では勝負の対象としてしか見てない。
「…………」
ちらりと、視線を新が居る方へと向ける。
「っ、」
すぐに目が合った。他の誰でもない、俺を真っ直ぐと見てるあいつと、目が合った。
勝負の対象としてじゃなくて、俺自身を見る真剣な新の目。
「はっ。」
ビリリとしたものが体に走った。
樹が余計な事を言ったからだ。あいつがそんな事言わなければいつも通りの俺でこのリレーを終わらせれたんだ。
めんどくさくて息が苦しくて、終わった後は体が怠くなるこんな競技に本気を出そうなんて思う事もなかったんだ。
でも確かに、樹が言った言葉に腹が立ったのは本当で、新を見て、本気で走らなくちゃならないって思ったのも本当で。
かっこいいとこ、見せてやんねーとな。なんて柄にもない事をポツンと考えてしまったのも事実だ。
「はっ、……っ…は……」
足裏に力を込めて地面を蹴る。さっきまでとまるで違う空気抵抗。前を走る二人の背中を捉え、そして、並ぶ。
「っ‼︎ナル‼︎急にどうしたがな‼︎」
「お前らがチンタラ走ってるから見てらんなかったんだよ…」
「くっそ‼︎負けんぞ‼︎てかいっちゃん俺が一位獲って惚れ直さすがやき絶対抜かんといて‼︎」
「抜かないでって、自信無いんだ?」
「違う‼︎あーもー‼︎二人ともこんな足速いなんて聞いてないぞ‼︎」
「お前リレーで負けたら取り柄無くなるな。」
「なっ‼︎」
「ふふっ、確かに…」
「いっちゃん‼︎」
足も、肺も、喉も痛いのに、息切れしながら3人並び、くだらない会話をした。
その時、久しぶりに友人という奴との間で、自然に笑えた気がした。
走ってる時間は長くも短くも感じた。
初めて学校の行事で本気になれた瞬間だった。
3人横並びのまま、ゴールが近づいて来る。
そしてその数十秒後
リレーの終わりを告げる号砲が鳴った。
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