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音
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こんな時間に、誰だろうと一瞬思った。
けど、普通はこんな時間だからこそ玄関の扉が開いてもおかしくはない。鍵は掛けたのに扉が開いた。
そして、久しぶりと言っていい程の懐かしい声が聞こえた。
「あら、帰ってたの?」
コツン、とヒールの音がする。ビニール袋が擦れる音がする。
音だけで分かる。前まで一つも家に無かったヒールの高い靴。前とは違うビニール袋の擦れる音。
それはどっちも、温かみのある音じゃない。
「電気くらいつけたら?」
ベッドから降りて、声のする方へと歩く。廊下に顔を出すと、丁度パチッ、と電気がついた。
「あ、…えと、……」
香水くさくて、髪が少し乱れた母さんが、目の前にいる。久しぶりに会った母さんは、俺を一度も見る事なく、家の中へと入ってくる。
「………あの、母…さん…」
「洗い物してないじゃない。自分で使ったものはちゃんと片してって言ったでしょ。」
「ぁ…うん……」
ごめん。と小さく呟きながら俺も台所に入る。
母さんは持ち帰って来たビニール袋を机の上に置き、後ろで束ねていた髪を解いた。
母さんが帰ってくるのは深夜か早朝。しかも家に帰って来ると言ってもシャワーを浴びる事くらい。
こうやって顔を合わせるのは本当に久しぶりで、なんだか緊張した。
「そ、そうだっ…今日体育祭だったんだぜ‼︎」
「そう。あ、そこの服も一緒に洗濯しててくれる?」
「……お、おう…」
椅子に掛けられた赤い服を指さして、母さんは台所から出て行ってしまった。
無理矢理話しを終わらされた気がした。何も興味がない様な振る舞いをされた。
「はぁ……」
母さんは変わった。
昔は俺の事を凄く可愛がってくれてた。毎日ご飯作ってくれて、毎日俺の話しを良く聞いてくれてた。
毎日、母さんが家に持ち帰ってくるビニール袋の中身は、その日の夕食で使う食材だった。
「……また酒かよ…」
今はもう、俺の為のものは一切持ち帰って来なくなった。
時々母さんの服のポケットから出てくる男の名前が書かれた名刺。毎日違う香水のにおいと一緒に、家に帰ってくる様になった。
俺は知ってる。母さんが今どんな状況なのか。
いつ、どこで、誰といるかなんて、簡単に想像出来てしまう。
「シャワー浴びたらすぐ行くから。」
「えっ、夕飯は?」
「適当に食べて。机の上に食費代置いてあるから。」
「……おう…」
飲み物を取りにもう一度台所へ入ってきた母さんとは、一度も目が合う事もなく、俺は机の上に置かれていた封筒を手に取った。
ポツンと、その場で立ち尽くしてしまう。やがて風呂場からシャワーの音が聞こえてきた。
「……………」
母さんの態度に傷付いているのは間違いない。
だけど、俺は何も言える立場じゃない。
母さんをそうさせてしまったのは、俺なんだから。
なんて後悔しても何にもならない。
俺だって変わったんだ。いい加減な事なんてもうしない。いつか母さんがもう一度俺の事を見てくれるまで精一杯努力すると誓った。
けど、少しだけわがままを言ってもいいなら……
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