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淡い期待
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らしくない。と思った。
だって、俺の中でのあいつは超が付く程の意地悪な奴で、人の泣き顔見て楽しそうに笑う鬼畜だ。
だけど、あいつが初めて俺の泣いてるとこを見て慌ててた。理由がなんであれ、俺が泣けば絶対面白がってからかってくると思ってたのに。
俺も、らしくなかった。あんな事言われただけで泣くとかクソだせえ。
……でも、嬉しかったんだ。
あいつが初めて俺の変化に気付いてくれて、ちゃんと俺の事見てくれてたって思ったら、たまらなくなって泣いてしまったんだ。
あの人に言われたかった事を、あいつが急に言ってきたりするから……
「……よし」
目の前のまな板の上に横たわる玉ねぎ。
包丁を構えて、今日眼鏡が教えてくれたオムライスをもう一度一から、今度は自分1人で作ってみる。
あの後、俺は眼鏡の膝の上でいつの間にか眠ってしまっていた。
起きたら外はもう真っ暗で、明日は学校もあるし今日は早めに家へと帰ってきた。
眼鏡に命令出来る唯一の日だったのに、言おうとしてた命令とは全然違う事をあいつに命令してしまった。
膝枕しろ……とか…頭撫でろ……とか……
「………っ…」
思い出したら急に恥ずかしくなってきて、思わず手に持っていた包丁をまな板にダンっ、と叩きつけてしまう。
今更だけど、すげえ餓鬼くせえ事言っちまったよな。これって後々眼鏡にネタにされたりするんだろうか。
いや、あいつなら後日確実に今日の事ネタにしてくるに決まってる。回避策を考えねえと。
「いっ…」
悶々と考え事をしながら玉ねぎを刻んでいるとまた指を切ってしまった。
切れた場所からぷくりと血が溢れる。
何してんだ自分。と呆れながら指から出る血を水で洗い流した。
救急箱の中から絆創膏を取り出し指先に巻いた後、再び包丁を持つ。
オムライスの作り方は理解出来た。
けど、俺は包丁の使い方下手くそだし、火加減や味付け、卵を綺麗に割る事だって出来ない。
でも練習すれば俺1人でだってオムライスの一つや二つ、作れるようになるはずだ。
「くそ……」
玉ねぎを切るのは苦手だ。
涙出るし、硬えし切りにくいし……
「あれ、なんで眼鏡が切ってた形にならねんだ?」
形だって、大小ばらつきがあるし、眼鏡が教えてくれた切り方を何度試してみても不恰好な玉ねぎの残骸が出来上がるだけだった。
その後も何度も玉ねぎを切った。その度に何回も指切ったし、涙も大量に出た。
「〜〜っ、くっそが…」
なんで俺はこんなに玉ねぎ切ってんだろう。つか、なんで今になって料理が出来るようになりたいなんて思ったんだろう。
なんてポツリと考えながら、台所からは見えないけど、玄関の方へと視線を向けてみる。
「……………」
音は何もしない。誰かが帰ってくる気配も無く、廊下は電気すらついていない。
「…………………」
眼鏡が、思ってる事あるなら言って。って言ってきたけど、俺は何も言わなかった。言えなかった。
本当は、あいつが『甘えさせてやりたい』と言った瞬間ドキリとしたんだ。
「今日は……帰って来ねえのかな…」
あいつは本当に、俺の事なんでも見透かしてくる。
「俺……背、伸びたよな?」
だから時々怖い。
「髪も伸びたし……そろそろ切りに行かねえとな……」
あいつが居なかったら、きっと俺の事を見てくれる人は、誰1人いなくなってしまいそうで。
「………目……やっぱ痛え…」
じんじんと痛む目を擦る。
やっぱり玉ねぎを切るのはいつになっても得意にはなれなさそうだ。
でも、少しなら誤魔化せるかもしれない。勝手に涙が出るんだ。だからもし、この光景を母さんに目撃されても、上手く誤魔化せる。
「………っ……帰って来いよ……」
静か過ぎるこの家は、そうやって俺を1人にする。
けど実際俺は1人じゃない。ここに帰ってくる人が俺以外にも当然いる。
その人がここに帰って来た時、前俺がしてもらってた様にあったかい飯作って迎えてやりたい。そうすれば何かが変わる気がするんだ。
この家では何も出来なかった俺が、何かを出来るようになれば、母さんだって俺の事もう一回ちゃんと見てくれる。
そんな、淡い期待を抱いてる。
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