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一緒に考えていこう
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今回は、子供みたいな意地の悪い事をしてしまったと少し罪悪感を感じながら、ベッドに腰をかけだらりと脱力を見せる新に質問を投げかけた。
新は見かけによらず繊細だから、少しの事でも深く考え過ぎてしまう傾向がある。
もしかすると、本当に今回の事は俺に言うまでもない事だったのかもしれないけれど、体育祭の次の日、あの時新から感じた寂しさと、今日の新から感じた苛立ち。どうしても気掛かりで仕方がなかった。
「情緒不安定なんだ……」
「どうして?」
きっと、自分の状況を新は分かってそう言ったんだと思う。新の言葉に間違いは無く、最近のこいつは情緒不安定だ。
「別に…こんな事言うまでもないけど…」
「でも俺はそれが知りたいの」
「……………」
予想していた通りの新の言葉に、肩の力が抜け落ちる。
新はちらりと視線をこちらに寄越し、そしてすぐに逸らした。安心させるかの様に優しく頭を撫でてやると、子供の様に唇を尖らせ、小さな声で話し始める。
「どうやったら…母さんと上手く会話出来んのかな…って…」
「母さん?」
「ん。…こないだ、久しぶりに会ったんだ。けど、変に緊張しちまって全然話し出来なくて…」
新の母親。そういえば、新と互いの両親、家族の話しは一切した事がない。
新の家に行く度に、両親の事を聞こうとした事もあったけれど、簡単に聞いてはいけないと思い、今まで聞けなかった。
「中学ん時、俺がいい加減な事ばっかしてたから、母さんのちょっとした変化とかに気付いてやれなくて……母さん倒れちまって…」
相槌を打ちながら、新の話しを聞いた。
シーツを握り締めて、言葉を必死に繋ぎ合わせ、恥ずかしながらも、他人にはそう簡単に言えない事まで、新は全て話してくれた。
母親が倒れ、不良からの更生を誓った時にはもう遅く、退院後、新の母親は仕事を一切しなくなり、夜通し家を抜ける事が多くなったという。
だが新はそんな母を責める事はせず、いつか自分が一人前の大人になり、母を安心させてやればそれでいいと思っていた。
だからこれまで、母についてこんなにも考え込んだ事はなかったと言った。
「新はどうしたいの?」
「どうって……」
話しの種が身内の事だとは考えもしなかった。
両親。母親、父親……俺も二人と親しい仲では決してない。
だけど親に対する気持ちが新とは全くの真逆だったから、かけてやれる言葉がすぐには見つからなかった。
「俺は……もうちょっと…ほんの少しだけでもいいから…昔みたいに母さんと普通に話しがしたい」
「…うん…」
「一緒に飯食ったり……学校であった事話したり……それで、少しでもいいから……」
「…………」
新はそれに続く言葉を飲み込んだ。
小さく丸める背中を摩り、何度も口を開いては閉じる行為を繰り返した末に、静かに呟いた。
「俺の事……褒めて……ほしかった……俺の変化に…少しでもいいから気付いてほしいって思うようになった……」
もしかしたら、ずっとその言葉を溜めに溜め込み、母親に言えずにいたんだろう。
糸が解けた様に、新は母親に対しての気持ちを吐き出していく。
「俺…身長伸びたんだ…」
「うん」
「髪だって伸びたし、声だって低くなってる…」
「知ってるよ」
顔を真っ赤にしながら俯いて、今にもまた泣き出してしまいそうな新の肩を抱いた。
少しビクリとした新だったけど、やがて体重を俺に預けもたれかかってきた。
「だから俺……お前がそれを言ってくれた時…めちゃくちゃ嬉しかったんだ…」
俺の体に頬を摺り寄せ、しがみつく新の体が熱くなっていく。
俺自身も、新が言ってくれた言葉に嬉しさを感じていた。あの時、新が泣いてしまったのは心から嬉しいと感じたからなのだろうか。
「父親は?」
「いねえ……物心ついた頃には母さんと俺だけだったから……父親がどこの誰かすらも分かんねえ」
母子家庭。今になって知る事が出来た。
かといって、新が話した母親との現状を、身内でもなんでもない俺がどうにか出来るわけでもなく、むしろ余計なお節介になってしまわないだろうかと戸惑いながらも、新へ質問を繰り返した。
「母親が普段どこ行ってるとか知ってる?」
「知らねえけど…秋人が街で男と歩いてるの見たって言ってた。そういう情報なら時々秋人から聞いたりしてる……」
「そっか……今度さ、お前の母親に会ってもいい?」
「はあ?なんでだよ」
「いや、挨拶くらいしたいなって」
「……あの人いつ帰ってくっか分かんねえし…それに俺ともまともに話してくれないのにお前と話しするとか無理だろ…」
「軽い挨拶だけだよ。いつ帰って来るか分からないなら、しばらく新の家に泊まるよ」
「お前なぁ…」
「駄目?」
時々、本当に自分の行動が迷惑にならないかどうか不安になる時がある。
だけど今みたいに、気の利いた言葉はかけられなくても、溜め込んだ思いを吐き出して、それで少しでも新が楽になるならそれでいいと思っていた。
「………っ…別にそれはいいけど…」
そんな俺が、新の母親と新の仲をどうにかしようなんて図々しいにも程がある。
けど俺は自分が出来る事はしてやりたいと思った。
「じゃ、決まりな」
今は出来なくても、これから先で出来る事を新の為に一緒に考えていこうと思った。
「家賃代として、料理教えろよ」
「ふふっ、いくらでも払うよ」
「あ、あとてめえあの写メ全部消せ‼︎あといい加減手錠外せよっ‼︎‼︎」
「はいはい」
こいつは出会った頃に比べると確かに成長してるのに、カッと顔を赤く染める新がやたらと幼く感じた。
そうやって俺にしか見せない表情をされると無性に抱き締めたくなる。
「つか……てめえ嫌じゃなかったのかよ」
「なにが?」
ガチャリと手錠を外した瞬間、新が不安気な声でそう問うた。
「今日は…なんかその、俺がここに来るの嫌がってた様に見えた…」
「………あー…」
そして、新のその言葉で思い出す。あの時はついカッとなってしまってそんな事すっかり忘れてしまっていた。
「嫌とかじゃなくて、今日は……」
「??」
だが、思い出した時には、時すでに遅し。
玄関先から鍵が開く音と共に、甲高い声が俺の名を呼んだ。
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