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だったら、
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朝目を覚ませば、テーブルの上には朝食と書き置きがあった。
毎日、毎日、献立は変わってもテーブルに置かれている朝食と書き置きは同じ様に用意されていた。
朝早くから新聞配達のバイトに、昼はスーパーのレジ打ち、時折夜はクリーニング屋でのパート。
寝る暇も、休む暇も無いのに、良くもまぁこんなに毎日毎日、欠かさず朝食が作れるもんだ。
「………馬鹿らし…」
その日の朝食は、目玉焼きとソーセージにサラダ。
書き置きには『20時には帰ります。学校頑張ってね。いってらっしゃい。』と綴られていた。
「ふん……」
この頃の俺は、えらくやさぐれていたんだと思う。
「誰が行くかよ、学校なんてつまんねーとこ」
綺麗な字で書かれていた書き置きを、俺は毎度ぐしゃりと握り潰し、ゴミ箱へ捨てていた。
気分で制服を着て家を出てみても、学校には行かず秋人達と合流して街を徘徊する。
母さんの仕事場からはなるべく離れた場所で、殴りたい相手を思う存分殴って、ダチと戯れて馬鹿みたいに非行な事をして過ごした。
単純に、楽しかったからだ。
学校には俺の嫌いな奴らがいっぱい居たから。こうやって秋人達と連んで暴れて遊ぶ方がずっと楽しかったから。
「おい新‼︎今日めちゃくちゃ楽しかったな‼︎」
「まぁ昨日の奴らより手応えあったし、面白かったな」
「ははっ、昨日はハズレだろ‼︎見た目の割にヘタレ揃いだったしな‼︎」
「そうだな」
でも、秋人達と一緒に居ても、面白く無い時もあった。
「腹減った……秋人、飯食いに行こうぜ」
「ん?あ、悪い‼︎今日は小夏と春人の誕生日パーティーしなくちゃならねんだ‼︎」
「……そ、そうか」
多分それは、誰にでもある、誰でも一度は抱く他人への妬み。
「へへっ、久しぶりの家族水入らずってやつ?」
「…………」
痛い。ジリリと胸がざわつく。
どす黒くて、汚い感情を含んだ泥の様なものが、腹の底に溜まっていく。
「ちなみにだな‼︎俺が今年考えた小夏達への誕生日プレゼントは…」
反抗期、なんて言葉で済ませていいものだったんだろうか。
「いちいちうぜえんだよ‼︎俺がどこで何してようがてめえに関係ねえだろ‼︎」
「で、でも新……その怪我…」
夜遅くに帰っても、寝ずに俺の帰りを待ってた母さん。喧嘩してボロボロになった俺を心配して優しく駆け寄ってくれた母さん。
「新っ、とりあえず手当しないと…っ…」
「っ‼︎触んな‼︎」
俺を女手一つで育てていく為に、仕事を何個も掛け持ちして、目の下にクマ作って、化粧もしなければろくにおしゃれもしない。
「……新……お願いよ……あなたが心配なの…」
「誰が心配してほしいなんて頼んだ」
全部、全部俺のせいで人生を縛られてる母さん。
「…っ……母さんには、もう新しか居ないの…」
「………………」
向けられていたもの、それがどれほど優しくて、温かくて、幸せなものかも理解しようとしないまま、俺は泣いた母さんから目を背けた。
昔から身長が低くて、クラスの皆から馬鹿にされた。
昔からこの女みたいな顔のせいで、クラスの皆から好奇な目で見られた。
昔から父親が居ないせいで、周りとは少し違った自分の環境が気に食わなかった。
そんな、“少し違った”事は、捻じ曲がり、荒んで、ドロドロの液体となって、どんどん、どんどん俺の中に溜まっていった。
そしてあの日、俺は取り返しの付かない言葉を母さんに言ってしまった。
「……今…なんて……」
その日も俺は学校をサボって、他校の奴らと喧嘩をして、ダチと夜遅くまで遊んで、家に帰って……
その日も母さんは俺の帰りを寝ずに待っていた。
「…新………」
いつになく怪我を沢山して帰ってきた俺を見兼ねた母さんは、その日初めて俺を怒鳴った。
「だから、てめえなんか母親じゃねえっつってんだろ」
どうしようもなくむしゃくしゃして、俺の中に溜まってたものが全部その言葉となって吐き出された時
「……そうね……ごめんなさい……」
取り返しのつかない事を、言ってしまった罪悪感と後悔が俺を襲った。
母さんが倒れたのは、その次の日の事だった。
初めて母さんが待ってない家に帰ると、家の中が空っぽの様に思えた。
テーブルの上には何も無い。玄関のドアを開けても、誰の声も聞こえない。
その時初めて、俺はずっと母さんに甘えていたという事を思い知った。
自分勝手で、乱暴で、口が悪いそんな俺を、この家でたった一人、唯一傍で見てくれてた人。
当たり前をいい事に、俺はそれに甘えて母さんを傷付けてしまった。
本当は、父親が居ない事なんてどうでも良かった。
本当は、身長なんて、自分の顔つきなんて、どうでも良かった。
俺はただ、必死に俺を守ろうとする母さんから目を背けていただけだった。
自分と向き合い、母さんと向き合う事を決めた時、俺はあの時の事をちゃんと謝りたいと思った。
本当はあんな事1ミリも思ってない。本当は心配してくれてたのも嬉しかった。毎日用意される俺の為の飯も、どれも美味しかった。
ありがとうを言うのが恥ずかしくて、いつも思ってる事と真逆の事を言っちまって。
ずるずると引きずりながら、それでも少しずつ、変わっていこうと思った。
だけど俺が変わったら、母さんも変わってしまった。
「あの頃の俺がいいなら、そうしてやる」
なんだ。全部無駄じゃねえか。
俺がどう変わろうが、この人はもう俺を見ていない。
「その手を下ろしなさい‼︎あんた‼︎母親に向かって何をする気よ‼︎」
「…………何って…」
だったら、もういいだろ。
「てめえを殴るんだよ」
もう俺から、この人を解放してやっても
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