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あなたの知る俺
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「な……」
全部が無駄に思えて、全部投げ出したくなって、俺は目の前のたった一人の家族に手を上げようとした。
ブツンと何かが切れる音が自分の中でしたんだ。
目の前の怯える母さんの目に、俺が写るのが最後に見えた。
「お取り込み中すみません」
でもその瞬間、視界に入ったのは大きな手。
振り上げた拳は、後ろから手首を掴まれ、目を隠されたまま、俺は後ろに引かれた。
「はぁっ、はぁ…っ…」
温かくて大きな体にすっぽりと引き寄せられる。
気が動転してて息が乱れる。
「…落ち着け」
「……っ…」
ぼそりと耳元で囁かれ、その声を聞いてようやく俺は正気に戻った。
「もう誰も殴らないんじゃなかったの?」
この手
この声
この温もり
この、香り……
「め……眼鏡…」
トクン、トクンと、後ろから鼓動が聞こえる。心地の良い音。
「酷いな。部屋でお前が戻ってくんのずっと待ってたのに……放置プレイですか?」
笑みをこぼしながら俺の耳元でそう言うと、眼鏡は掴んだ俺の手首を引き寄せ、硬く握り締めた拳にちゅ、と優しいキスをした。
すっかり、と言ったら失礼だけど、母さんに気を取られすぎてこいつがこの家に居ることを忘れてしまっていた。
「……あんたっ…誰よ…‼︎」
母さんの甲高い怒鳴り声が前から聞こえる。
眼鏡に視界を手で塞がれていて、真っ暗なのに、母さんが明らかに動揺して怒ってるという事だけは声を聞くだけで分かった。
「ああ、まだ居たんですか」
「…っ?」
あと、眼鏡の声も……怒ってる…?
「眼鏡っ……」
「恋人の家にどこのアバズレが入って来たかと思えば……そうですか。あなたが新のお母さんですか」
「なっ⁉︎」
「眼鏡…っ⁉︎」
その場がキンと張り詰めた。
俺の目を塞いでる眼鏡の手をほどこうとしても、ビクともしない。
「っ‼︎勝手に家に入って来ないで‼︎出て行きなさい‼︎大体誰なの⁉︎あんた‼︎何とか言いなさい‼︎誰なのそいつは‼︎‼︎」
「……っ…」
「新‼︎‼︎」
大声で母さんが俺の名前を呼んだ瞬間、何かが床に勢い良く叩きつけられる音がした。
ドプドプと液体が溢れる音も聞こえる。大方、母さんが怒って手に持っていたビール缶を床に投げつけたんだと思う…
「母さん……」
「新‼︎やっぱりあんたは昔のままよ‼︎何も変わっちゃいないわ‼︎」
「………」
「どこの誰かも分からない他人を引き連れて‼︎結局あんたも私もやってる事は同じよ‼︎‼︎」
「…………母さん…」
……そうだよ。俺とあんたは同じだよ。
自分を見てくれる相手に執着して、依存して、離れられなくなって。
だって親子だから、あんたと俺はよく似てる。
「俺は上城成海と言います。先程も言いましたけど、俺はこいつの恋人ですよ。怪しい者じゃありませんし、もう他人でもありません」
「こい、びと…ですって?……」
「はい。人様の家庭の問題に首を突っ込むのもどうかと思ったのですが、どうも我慢が利かなくなったので口を挟む事を許してください」
「…っ……ふざけないで……」
「ふざけてません」
きゅ、とまた眼鏡が手首を握り締めた。
何か俺も言わなくちゃいけないのに、言葉が何も出てこなかった。
起こってしまった事態に、体の震えが止まらない。
「……新…」
「…っ……」
でも、眼鏡が優しく俺の名前を呼ぶから……
大丈夫、大丈夫……って言ってくれてる様に思えて、もう俺は何も言わなくていいと安心出来たんだ。
「新の恋人として、あなたとは仲良くさせて頂きたいと思っていたのですが……」
「ふざけるのも大概にして頂戴‼︎こんな子もう私の子じゃないわ‼︎」
「……………」
母さん、俺とあんたはよく似てる。
「……ギャンギャンとよく吠える口だなおい」
「っ‼︎」
だけど一つだけ、あんたとは違うとこ……あるよ……
いつまで経っても、根本的な部分で人が変わる事は難しいかもしれないし、変えられないのかもしれない。
「あなたがこいつの事どう思おうが勝手ですけどね、こいつにとっての母親は、家族は、あなた一人なんですよ」
「……っ…」
でも変わろうとしてる気持ちを分かってくれる人、見てくれてる人が俺には居る。
「それと、あなたがこいつに言った言葉。訂正してもらえますかね」
「……訂正?」
「はい」
俺は、あんたが今関わってる様な他人と、寝たりしない。
全部放り投げたくなった時や、どうしたらいいか分かんなくなった時、手を差し伸べてくれる人が居る。
「こいつは変わりましたよ。そりゃ今みたいにすぐ手を上げようとしたり、暴言吐いたり、悪態だってつくし、人の事未だに名前できちんと呼んでくれません」
衝突し合ったり、口喧嘩だってするし、嫌いな時期だってあった。
「けど、本人が言った様に、こいつは、今はとても真面目で一生懸命で、喧嘩なんて遊びしてる暇がない程に忙しい身分なんです。あなたと違って」
「…っ………」
「それに、あなたの首元に付いてるその汚い跡とこいつに付けた俺の跡、一緒にしないで下さいよ」
「なっ……」
馬鹿みたいに人の事からかってくるし、恥ずかしい事だって平気で言う奴だし、誰に対しても臆する事なく自分の意見をはっきりと言える奴だし、いつになっても俺より前に行ってしまうのに、同じ歩幅に合わせて隣を歩いてくれる。
「もう一度言います。訂正して下さい」
俺の事を、理解してくれる人
認めてくれる人が、俺には居る
俺は、あんたとはもう違う道を歩いてる。
あんたは、今の俺を何も知らない。
「こいつは、変わりましたよ」
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