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静かな時間
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俺はそう言いたかった。
自信を持って、胸を張って、堂々とそう言いたかった。
だけど自分が変わったなんて自分で言っても信じてもらえない時だってあるし、実際端から見て全然変わってないって見られる事だってある。
自分が変わった事を、誰かに言われる事がどれ程嬉しい事なのか。
悪い方にしろ、良い方にしろ、変わった事に気付いてくれるのは、自分じゃない誰か。
「母さん……」
声が震えた。
「……あの頃…なにもしてやれなくてごめん…」
今はきっと、まだ母さんの顔を見ながらは言えないけど、こうしてまだ誰かに守られながらじゃないと言えないけど、俺は一歩踏み出す為に言わなくちゃいけない。
「寂しい思いさせてごめん……」
あんたをそうさせたのは俺だ。
誰かに切り捨てられる事がどれ程怖くて、悲しくて、寂しい事なのか、あの頃の俺はその時が来るまで分かってなかった。
「……俺……母さんの子で良かったよ」
きっと俺は、眼鏡が居なかったら今頃あんたを殴ってた。伝えたい事も、本当の気持ちも言えないまま、今よりもっとあんたとの距離が遠くなってしまっていたかもしれない。
「………けど……今は…この家に居たくない…」
「…え……」
小さく聞こえた母さんの声。
聞き取れない程小さな、あの優しかった頃の母さんの声。
「…お互い…考える時間つくろ……」
「新……っ……」
「まだ……俺達には…」
「新‼︎」
「………」
母さん………
「いい加減にして……っ……いきなり…なんなの…」
「…………」
今、あんたの声はあの頃の声みたいだ。
怒ってる様で、戸惑ってる様で、優しさが見え隠れしてる。
「……眼鏡……もういい……離せ…」
「…………」
そう言うと、眼鏡はゆっくりと俺から体を離した。
視界が開ける。目の前が明るくなって、その先に母さんが居る。
荒々しく乱暴に自分の髪を掻き毟り、瞳孔を揺らしながら俺を見つめる母さんが居る。
「俺も…ずっと寂しかった」
「……やめて頂戴…」
「母さんが居ない家に帰って来るの…」
「やめなさい‼︎」
気にも留めなかった事。気に留めたら最後だと思ってた事。
もう俺は高校2年で、まだ全然子供だけど、子供じゃない。
寂しいなんて言ったらダメだと思ってた。
「……でもまた帰ってくるよ」
「……っ…」
「母さんも、また帰ってきてくれよ」
「…………」
「その時……またちゃんと話そ…」
「……………」
今はまだ、俺達には時間が足りないだけだ。
お互いを遠ざけてしまっていた時間。それを埋める為の時間が、足りないだけだ。
「……出て行って…」
「………」
やがて、落ち着いた表情を見せた母さんは大きなため息を吐いた。
母さんは下を向いたままで、それ以降俺と目を合わそうとはしなかった。
「…新……」
「……………」
眼鏡に呼ばれ、俺は母さんに背を向ける。
「……大丈夫じゃねえぞ…」
「うん」
振り向いて見た眼鏡の表情から、眼鏡が何を言おうとしているのか察知し、俺は母さんには聞こえない程度の声で大丈夫じゃないと答えた。
「……行くぞ…」
大丈夫なわけがない。
たった今、俺は母さんと正式に距離を置いた。
一度部屋に戻って黙々と荷物をまとめて、そして家を出た。
「しばらく世話になる……」
「うん」
だいぶ予定が狂ったが、眼鏡は快く俺を家に泊めてくれた。
眼鏡の家に行くまで、眼鏡と手を繋いで歩いた。
お互い何も喋らない静かな時間が、酷く心地良いと思えてしまった。
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