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消してしまおう
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張り詰めた静寂の中で、彼女の言葉を待った。
時々俺の方に視線を寄越してきたかと思えば、何か言いたげな表情を見せ、口を開くことなく下を向く。
時間だけがただただ過ぎていった。
「……はぁ、……何か飲みますか?」
「……っ……」
立ち上がり、部屋にあった備え付けの冷蔵庫を開け、適当に中にあった飲み物を持ってそれを差し出す。
無言だったけど、飲み物は受け取ってもらえた。
「……さっきの話し」
一口、俺がミネラルウォーターを飲んだ後、彼女はぼそりと呟く。
「どこまで……知ってるの?」
不安気な声を吐き、彼女はペットボトルを握り締めた。
「そうですね……」
彼女からの質問に少し首を傾げる。
どこまで知っているのか。
知っているというほどのものではない。
ただ、手掛かりを元に調べてみたら、そこにあったものが予想外の事だっただけで、それまでの過程を俺が知っている訳でもないし、結末もまだ先で、彼女の気持ちも俺が推測し勝手に口にして良いようなものでは決してないだろう。
けれど、
「貴方が新の事を“大事に思ってる”って事は、知ってます」
「………………」
予想外の事実が、“それ”でよかったと、心から思った。
「……いつからですか?」
「………2年半…くらい前かしら」
「もしかして、貴方が体調を悪くして倒れた時期からですか?」
「…………」
彼女は何も言わなかった。
「…あいつに、なんで言わなかったんですか?」
「言えるわけ……ないでしょう……」
「……………」
ペットボトルを持つ彼女の手に力が込められる。
「……あの子だけには…知られたくない…」
「………………」
数日前、この人の勤め先の店に行った。
責任者を呼んでもらい、この人が何故こんな水商売をするようになったのか、その経緯と意図を尋ねた。
幸い、この人が働いている店のオーナーと、俺が以前知り合ったラブホのオーナーが知り合いだった事もあり、特に警戒される事なく話しを聞かさせてもらったんだけど……
『“Daia”、ですか?』
『ええ。そこの社長と昔何か関係持ってたらしくてねぇ。サキちゃんはシングルマザーでしょう?あまり深く話してはくれなかったけれど、そのDaiaの社長が……』
そうだ。言えるわけがない。
「……あんな…あんな人に……」
「……………」
“Daia”という名の風俗店は、数年前からその規模拡大に向け、様々な性サービス営業を展開させていった。
需要があれば、何でもやる。中には法に触れるものまで手を出していたという、もはやこの業界では名の知れた裏企業。
問題も多かったらしいが、トップに立つ人間が上手くやっていたらしく、大事になる様な事態にはならなかったらしいが、その悪行も足がつき始め、警察の目にとまった。
企業は衰退し、社長は借金にまみれ、最近じゃ、Daiaという店自体、見かけなくなったと聞いた。
そしてどうしてそんなとこのお偉いさんがこの話しに関係してくるのか、俺はそこに一番驚いたんだ。
「……今更……息子を引き取りたいだなんて…」
「……………」
驚いた。もそうだけど、その理由を聞いた途端どうにもならない怒りを覚えた。
瞬間的に、その光景をイメージしてしまった。
「自分の子供を…お金の為に使おうとしてるあんな人には…絶対……」
なぁ新、
きっと、お前は骨の髄までこの人の子だよ。
「っ……お金さえ払えば……あの人は手を引いてくれると……」
「だからと言って、貴方が自分を売る必要はないでしょう」
「……これしか…っ……なかったもの…っ……」
「……………」
Daiaの社長は、この人が新を身籠っていると知るとすぐ姿をくらませた言わば新の実の父親。
当時、この人が退院する直前に、膨らんだ借金返済のあてにしようと、新に目をつけ交渉しに来たという。
何でもやる。という理念を掲げたクズ社長が考えた事だ。自分の息子でさえ金を稼ぐ為の道具でしかない男だ。
「1時間経ちました……」
お前は、母親似で良かったな。
「………っ…ゔ……ぅ…」
表では自分を偽って、大切な奴相手に嫌われる様な態度を取ったり、自分を追い込んで、責めて、それでも守りたい人の為に本当の気持ちを最後まで隠す。
やっぱり似てる。
新もこの人も、泣いて初めて本当の気持ちを吐き出すんだな。
「延長は無しです」
「…っ……お願い…言わないで…あの子には………」
「………ええ、もちろん」
一つ、決意を胸に俺は彼女に向かい手を差し出した。
「………新には…ね」
「え……」
「ふふっ、いえ、本当の貴方が知れて良かったです」
「………っ…?」
「貴方にはそっちの顔の方が似合いますね」
なんだ、
「これからも、新の為に頑張って下さい」
睨んでくる目もそうだったけど、涙を零してる目も、あいつと良く似ている。
「あぁ、俺からも一つだけ……約束してほしい事が」
俺に弱味を見せてしまって、こうして差し出した手を取ってしまって、脆い中身が丸見えだ。
「俺がこれから何をしようと、新には何も言わないでいて下さいね」
「……どういう…」
「新と貴方は親子です。俺と新は恋人です。だけど俺と貴方は他人です。この意味分かります?」
「…………?……」
掴んだ彼女の手を引き、体を引き寄せる。
すれすれまで近付いた彼女の体を少し眺めてみる。
細くて、弱々しくて、首筋には哀れな痕が沢山付いた可哀想な体だった。
とても、綺麗だとは言えない体だった。
「俺はね」
あいつと良く似たこの人の全て。
この人の血があいつの中には流れていて、切り離せない体の奥深くでそれは繋がっていて、きっとそれは俺にすらも千切る事が出来ないもの。
「あいつの全部から、嫌われたくないんですよ」
この事実を知ったら、あいつはどう思うだろう。
困惑して、怒り狂うだろうか。母親が、自分を父親から守る為にこんな穢れを背負ってるなんて知ったら……
それもそれで、面白い。
必死で繋ぎ止めようとしていた家族の縁、全部めちゃくちゃになって荒れ狂ったあいつも見てみたい。
だけどその前に、邪魔な虫を1匹、潰さなくちゃいけない。
目の前にある事実なんて、消してしまえばいいんじゃないか。
あいつが知らない様に、知れない様に、いっそ全部消してしまおうか。
「な……っ‼︎…あなたまさかっ…‼︎」
だって、俺とこの人は他人なんだから。
「……新には言わないで下さいね?」
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