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雨
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眼鏡との電話が終わり、これからあいつの家に向かう。
玄関を開けて外に出てみると、雨が降っていた。
天気予報では雨なんて一言も言ってなかったのに……
傘をさしてそのまま歩き出す。
母さんは朝早くから詳しい事情聴取があるからと言って警察署に行ってしまった。
昨日は……ぎこちなかったけど、ちゃんと母さんの目を見て話をする事が出来た。
やっぱりまだ完全に事実を全て受け入れるのは出来ないけれど、少しずつ分かっていきたいとは思う。
これまで母さんが毎回持って帰ってきていた数々の名刺。見るだけで虫唾が走っていたけど、あれはお金を貸してくれる人を探す為のものだったらしい。
毎回毎回、机の上に並べて、沢山悩んで、それでも母さんは誰からもお金を借りなかったという。
借りなかった理由としては、自分の息子は自分で守らなければという思いがあったから……だそうだ。
その事を母さんの口から聞いた時は、正直驚いた。
母さんが倒れてから、ずっと俺は嫌われてしまったと思ってたし、俺だって最近の母さんは正直嫌いだった。
でも、母さんが今まで俺に対して冷たい態度を取っていたのは、もし万が一があっても、一人で生きていけるような人間になってほしいという気持ちがあったからだろうか。
口うるさく「洗い物しろ」「掃除しろ」「食事は自分でなんとかしろ」とか言ってたのは、そういう意図があったからだろうか。
「……………」
でも、そんなの気付くわけないだろ。
分かんねえよ。ちゃんと言ってくんなきゃ何も……
俺が親父に会う事は出来ないらしい。
母さんが酷くそれを嫌がり、拒み、何より恐れているらしい。
俺としては、会いたい。
親父だから会いたいんじゃない。
母さんをここまで追い込んだ男の顔を、この目に焼き付けておきたい。一言くらい、何か言ってやりたい。
でもそれはしない。もう母さんが傷付くところは見たくない。
だから俺は何もしない。出来ない。
「…………雨…」
また雨が強くなった。
空を見上げると、どんよりとした分厚い雨雲が空一面に広がっている。
そういえば、眼鏡との電話を切るあたりから、電話越しに雨の音がしていたな。
眼鏡のやつ、傘持って行ってるのか?
………あいつ、嬉しそうな声してた。
それは多分、俺が最後に言った言葉を聞いたからなんだろうけど。
「……………」
不思議と、冷静に言えた。
むしろ、ちゃんと冷静に言うつもりだった。
母さんから、誰から何を言われても、俺が出す答えはそれ一つしかない。
それは、あいつに一番言いたい言葉でもあった。
だからちゃんと、濁す事なく言えてよかったと思う。
「あ…」
眼鏡の家がすぐそこに見えて来ると、目の前から誰かがこっちに向かって走って来ているのが見えた。
目を凝らして見てみると、傘もささず、この大雨の中 疾走する眼鏡の姿。
「お前‼︎風邪ひ…」
「っ…」
「⁉︎」
足を一歩前に踏み出し、傘を差し出そうとしたら、走ったままの勢いで、眼鏡は俺に抱き付いてきた。
思わず驚いてしまい、手から傘が滑り落ちる。
「……お、おい………」
「…………」
冷たい雨が、二人に降り注ぐ。
こいつはずぶ濡れで、一度も俺に顔を見せる事なく、俺の肩に顔を埋めていて、ぎゅっと抱き締められる。
「………眼鏡?」
「…………」
ひんやりとするこいつの手の感触。
背中に回されたその手は、確かに冷たいのに、温かい。
真正面からは、密着した肌を通して眼鏡の鼓動が伝わってくる。
黙ったまま、俺を抱き締める眼鏡。
なんとなく、本当にこいつが今 嬉しそうな顔をしてるのは…………分かる。
「…………やっぱ…笑ってるじゃねえか」
俺が背中に手を回したら、また嬉しそうに抱き締めてくる。
変なの……今、一切こいつの顔見えてねぇのに。
こいつが全身で俺の事好きって言ってるのが分かる。
こいつって、本当に嬉しい時は黙る奴なんだな。
「………眼鏡………」
なんだ、こいつも可愛いとこあるじゃねえか。
「………好きだ」
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