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『ただいま。』と『おかえり。』
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里親が見つかるまでならいい。だなんて。
何を言ってしまったんだ僕は。少し彼に近付き過ぎたかもしれない。あんなに誰かと話しをするのも久しぶりだったから、つい気を許してしまった。
「…はぁ。」
ブレザーのポケットに手を入れてみると、一枚の小さな紙が入っている。これは先程、別れ際に日野が僕に渡して来たものだ。
二つ折りになった紙をポケットから取り出し開いてみると、携帯番号が記されていた。
『もっといっちゃんの事知りたい。』と、笑顔でそう言い僕にこの紙を渡した彼を思い出す。
携帯番号を渡して来たくせに、彼は僕の携帯番号を聞いては来なかった。
つまり、僕から日野に電話をしないと、この渡された紙は何の役目も果たさない事になる。
ワザと携帯番号を聞いて来なかったのか、それとも番号を聞くのを忘れていたのか。
どっちにしろ、僕から電話を掛けるなんてありえない。
クシャリと紙を握り、ポケットに仕舞った。
そして自分の家に辿り着くと、ポストの中身を確認して、中に入っていた封筒やハガキを取り出し玄関を開ける。
パチ、と電気を付けると階段を降りてくる小さな足音が聞こえた。
階段から降りて来たのはリリィだ。
長い尻尾を立て、僕の方へ駆けて来る。
鞄を床に降ろし、封筒やハガキは一旦靴箱の上に置く。そして目の前で立ち止まり僕を見上げるリリィを抱き上げた。
「ただいま。」
そう言ってリリィを胸に抱き、頭から背中に掛けてゆっくりと優しく撫でてあげると、リリィは喉を鳴らした。
ミー、と一声鳴いた彼女は、「おかえり。」と言ってくれているようだ。
人の言葉では無いけれど、僕はそれでもいい。
『『ただいま。』って言うてほしい。』
……ふと日野の言葉を思い出すと、胸が熱くなった。
日野と先程話していた事が頭に過ぎり、そこから連想させてしまったものに対して笑ってしまう。
仮にもし、日野が尻尾を振りながら家で僕の帰りを待ち侘びる日が来るとしたら、きっと毎日玄関の扉を開けるのに気合いを入れなければならないだろうね。扉を開けると、勢い良く飛びつかれるだろうから、毎回対応に手を焼きそうだ。
彼はきっと大型犬だから、リリィみたいに容易に抱き上げる事は出来ないだろうし、躾も大変そうだ。
そんな事を考えながら、片手でリリィを抱いたまま鞄と封筒、ハガキを持ってリビングへ向かう。
どの部屋も真っ暗で、生活感の無いこの家の中に、一つ一つ明かりを灯していく。使わない部屋にまで、僕は明かりを灯す。
母さんも、父さんもまだ家には帰って無い。
……恐らく今日はもう帰って来ないだろう。
夜ごはん、どうしようかな。
リリィを床に降ろし、冷蔵庫のあるキッチンへ向かう。
大きな冷蔵庫を開けて中を覗いてみたが、食材はほとんど入っていない。父さんが仕事から帰って来て晩酌をする為のお酒やつまみが少々入っているだけだ。
僕は家では食事をほとんどしない。
朝ご飯は冷蔵庫の中に材料が入っていれば自分で作るけど、昼はお弁当ではなくいつも学食だ。
夜は母さんが作り置きしてくれている事が多いが、僕がそれに手をつける事はない。
父さんにはいつもそれを注意されるけど、それは僕の精一杯の反抗心なんだと思う。
家族と居る時間より、仕事を優先する両親が僕はあまり好きではなかった。
多忙な仕事をこなしている両親の事は尊敬している。家に帰って来れないのも、家族との時間を優先出来ないのも仕事上仕方ない事だと分かってはいる。
「…………」
『『おかえり。』って言いたいなぁ。』
今日はやけに日野に言われた言葉を思い出してしまう。
『ただいま。』『おかえり。』
たった二言。
そんな何気ない日常会話に、僕は憧れているのかもしれない。それを不意に、僕としたいと言われたから
だから今日は、彼の事を特に頭の中に思い浮かべてしまうのかもしれない。
………………
だから……言われた言葉に対して
嬉しい。なんて思ってしまったのかも…しれない。
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