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朝、通学途中にて
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朝の電車ほど憂鬱なものはない。満員電車の中、人に押しつぶされガタ、ゴトと目的の駅まで揺らされるのだ。気分のいいものではなかった。動ける余裕がないため、窓の外を見ているしかない。
だけど、今日は違った。
「…暑い」
いつもなら外を眺めているのに、今日に限って満員電車のど真ん中で立たされているのだ。周りを見回しても人、人、人…人以外何も見えなかった。満員電車というだけで憂鬱なのに、今は真夏だ。クーラーが付いていようが満員電車では関係なかった。暑い、すごく暑い。人の体温で体は暖まり、上から下まで汗が凄いことになっている。じんわりと汗が体から染み出してきて、肌を伝って下へ流れていく。多分、乗客のほとんどが同じようなことになっているだろう。
早く降りたい、そう思っても自分の降りる駅まではまだ5駅もある。元々暑さには弱い方だった。それに加え満員電車のど真ん中、しかも寝坊して朝食は食べれていない。
流石に、やばい気がしてきた…。
視界がふらふらと揺れる。足も自分の体を支えられないほどになってきていた。熱中症かもしれない、次の駅で降りようか、次の駅ならもう着く。でも、体が保たない…か、も…。
「大丈夫、ですか」
「…?」
さすがに体は動かせないので、声が聞こえた方に首を向ける。通勤途中のサラリーマンだろうか、スーツを着た男がこちらへ視線を向けていた。赤の他人だというのに、心配そうな目で。
「顔色が悪いですよ…それに、視点があっていない」
「…少し、眩暈がするだけなんで…」
「だめですよ、それ。熱中症かもしれない」
「だいじょ、ぶ…です」
「だめです、次で降りましょう…降りる駅までまだまだあるでしょう?倒れたら大変です。ほら、着きましたから」
腕を掴まれて、人混みを掻き分けて電車を降ろされる。ホームは暑いけど、それでも満員電車の中に比べたらマシだ。体に溜まっていた熱が全部放たれたような感じだった。
「そこに座ってて」
「あ、はい…」
ベンチに無理矢理座らされて、男はどこかへ行ってしまった。今日はもう遅刻だな、こんな状態でまた満員電車なんかに乗ってしまったら、さっきと同じ状態になってしまうだろう。今度こそ倒れてしまうかもしれない。
…高校生になったというのに、情けない。
「ヒッ…!」
首筋が突然冷たくなった。思わず変な声を上げて飛び跳ねてしまった。
「はい、スポドリ」
「はあ…ありがとうございます…」
突然冷たくなったのは、さっきの男のせいだったようだ。ボーっとしているところに、さっきのは心臓に悪い。でも、火照っている体には丁度いいかもしれない。
「びっくりした?」
「びっくり、しました…突然冷たくなるから」
「やっぱり?はは、ごめんね。さあ、飲んで」
「…イタダキマス」
体に冷たいスポドリが沁みる。さっきまで体調が悪くて死にそうだったのに、生き返るようだった。もし一人で降りていたならスポドリなんて買ってこれなかったし、持ってきた飲み物すら飲もうと思わなかったかもしれない。
ちらり、と男の方を見る。スーツ姿がよく似合っている。もう社会人になってから結構経つのだろうか、そうでなければこうも着こなせるような気がしない。さっきは顔をよく見なかったが、よく見ると綺麗な顔をしていた。イケメンで優しくて気が効く、か。言い寄る女も多いんだろうな、羨ましい。
「…僕の顔に、何かついてる?」
「あ、ああ…いえ、別に…」
まじまじと見ていたら、目が合い急いで目を逸らした。笑顔でそう言われるとドキリとしてしまう。また体が火照っていくようだった。
そういえば、この人、会社はどうしたんだろうか。
「あ、あの、電車降りて、大丈夫だったんですか」
「大丈夫だよ。それに、体調を崩した人をほっておけないでしょ」
「いや、でも、俺は構わないけど…あなたは、」
「1日くらい遅刻したって別に問題ないよ、それに」
「…それに?」
「…何でもないよ、もう少ししたら電車乗ろうか、送っていくよ」
「い、いや、でも」
「いいから、体調悪いなら甘えたっていいんだよ」
「は、はあ…」
見ず知らずの人に、甘えろって言われても…。それに、迷惑じゃないのだろうか。自分も遅刻だというのに俺みたいなのを送っていくだなんて。でも、送り届けるまで付いて来そうだ。
「…あ、あの」
「ん?どうかした?」
「じゃあ、今度お礼するんで、連絡先を教えてもらっても、いい、ですか?」
「お礼なんて別にいいよ」
「いや、でも悪いんで…」
「じゃあ…これ、僕の連絡先。電話は土日か夜くらいしか出来ないけど、メールだったら仕事中でも返信できるから」
「あ、ありがとうございます」
渡された名刺には「園田 慎吾」と書いてあった。失くさないように、と財布のカードを入れるところに名刺を入れた。これでお礼ができる。
「あの、あとで何かお礼します」
「楽しみに待ってるよ、真くん」
「…俺の名前、なんで」
「さっき、自分で名乗ってたよ」
「あれ、そうでしたっけ…」
「そうそう、ほら、電車来たよ」
「あ、はい」
名前を名乗った記憶がなくて、不思議に思うがさっきまでボケーっとしてたからいつの間にか名乗っていたのだろう、そう思って園田さんと電車に乗り込んだ。
さっき降りた駅から5駅、ようやく学校の近くの駅まで着いた。時間は丁度一限目が終わった頃だった。
「じゃあ、学校まで送って」
「あ、あの、もう大丈夫です。すぐそこですし」
「いやでも…」
「ほら、改札出ちゃいますし大丈夫ですよ」
「…そっか…じゃあ、気を付けてね」
園田さんはまた相手を虜にするような笑顔を向けてくれた。この笑顔で何人の人を魅了させてきたんだろうか。男の俺まで惚れそうになるくらいだった。
「そんなに見られちゃうと照れるなあ」
「あ、す、すいませっ…あの、じゃあ、またっ…!」
恥ずかしくなって走ってその場から逃げた。体がどんどん熱くなっていく。初対面の男相手に、ただただ優しくされただけなのに。
…これだから暑いのは嫌いだ。
「可愛いなあ、真くんは」
名前なんて名乗ってない、僕は元から彼の名前を知っていた。毎日同じ電車に乗って、いつも彼の近くに立っていた。まあ、気付いてなかったみたいだけど。
彼のことを知ったのは彼が入学したばかりの頃だった。あの時の彼も体調を崩していた。顔は青白くて、赤い唇と黒い髪がとても映えていて、美しかった。まるで絵本の中から出てきた白雪姫ような彼に、魅了されたのだ。
あれから一年、毎日のように彼のことを考えていた。彼の名前は友達と話していたところを聞いて知った。学校も、乗る車両も、乗る時間も、この一年で全部知った。彼のことを考えて、一人でシたこともあった。
彼と話したのは今日が初めてだった。声は今まで何度も聞いた。だけど誰かと話しているのを聞くのと、自分と話している声を聞くのとじゃ全然違った。自分の心臓の音が聞こえそうなくらい、ドクン、ドクン、と心臓が鳴っていた。
今日、彼から連絡が来るだろう。お礼をさせてくれと。今まで見ることしかできなかった彼と、連絡を取り合うことができる。こんなに嬉しいことはない。
「…楽しみだなあ」
どんなお礼をしてくれるんだろう、彼はどんなメールを送ってくれるのだろう、これからずっと彼と連絡を取り合うことができるのだろうか、考えるだけで彼への想いが全て溢れそうだった。
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ストーカーもどきのサラリーマンと男子高校生のお話。
ストーカーにするつもりはなかったんだ…。
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