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「とーきお、やっほ」
笑いながら病室に入ってきた実。
今日は木曜日か。ここに居ると曜日の感覚がなくなる。
古美術商を営んでいる実の定休日は木曜。
毎週この曜日は朝からここに来て、くだらないことを話していく。
ベッドのそばにあった椅子に腰を降ろした実は手に持っていたものを、じゃ、じゃーん!と目の前に突き出してきた。
「おめでとーっ」
「何がだよ」
「え?気づいてないの?今日で一年だよー」
…覚えてたのか。
手に持っていたもの…おそらくケーキだと思うが、それをテーブルの上に置いた実はまた笑って。
「生きてんな、時生」
「……あぁ」
重い空気は一切なく、あっけらかんと言い放つ実。
その明るさに、すくわれている。…言ってはやらないが。
調子に乗るとウザいからな。
「っつか俺が食えるもん買ってこいよ。俺の祝いなら」
「え〜。ーお祝いってったらケーキだろ。大丈夫?お前食べなくても俺と紗世(サヨ)で食べるから」
俺が食えないとかもはやお祝いじゃねえっつの。
そう心の中で悪態をつくも口には出さない。
あえて俺の嫌いなもんを持ってくるのは、こいつなりの優しさだから。
弱っている俺は、食いたいものも好きに食えない状況だった。
それから他愛ない話を交わし、昼を少し過ぎたあたりで実が立ち上がる。
「あ、今日また夕方に来るかもしんない。実は他にもお祝い用意したんだよね。
それ今日用意できるかもしんないからさ。できないかもしれないけど」
「なんだその曖昧さは」
「あははっ。まー期待しないで待っててよ」
「はいはい」
じゃあねーっ、と片手を振りながら帰って行った実。
一気に静まり返った室内で、俺はふと空を見上げた。
……こんな時に思い出してしまうのは、アイツの顔で。
もう、俺に呆れて顔も見たくないと思っているだろうか。それともーーー。
『時生さん』
耳に残る、アイツの声。
会いたい。
そんなことを思う資格は、俺にはないというのに。
「……遥」
残像に縋るように。俺はそっと目を閉じた。
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