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想う春 2
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4月28日、時生さんの誕生日。
日曜日ということもあり、面会時間いっぱい一緒にいようと朝から病院に向かっている。
桜の花はとっくに散ってしまったけど、ぐんぐんと上がる気温に日中は見汗ばむ日も増えてきた。
……喜んでくれるかなぁ。イヤミっぽい?って卑屈になってどうする…。好きだといいなぁ、こーゆうの。
プレゼントの紙袋を眺めながら、期待半分、不安半分。
顔なじみの看護士さんに挨拶を交わしながら病室にたどり着く。
ドアをスライドさせると、今日は調子がいいのか起き上がった時生さんが出迎えてくれた。
「おはよう、時生さん」
「あぁ」
今日外暑いよー、なんて世間話をしながら中に入り、荷物をテーブルに置いてから椅子をベッドのそばに持ってくる。
そこに座って見上げると、恒例になっている軽い挨拶のキスが降りてきた。
時生さんが倒れたあの日から今日までに何度か同じ状態になったことがあった。
あの一番最初ほどの衝撃はなかったものの、それでも怖くて幾度となく泣いてしまった俺を、時生さんは目が覚める度にぬくもりをわけるように優しく抱きしめてくれた。
ひとりの力で立つことは難しくなってきて移動するときは車椅子を使うようになった。
体力もだいぶ落ちてきているみたいで、眠っている時間が長くなってる。
それに目を背けないで俺はどんな時生さんでも目に刻みつけていく。
この人が、一生懸命生きている『今』を。
「あとで散歩する?」
「そうだな」
気候が良くなってからは、車椅子を押して病院の中庭を散歩するのが日課。
桜が咲いていたときには、病院の一番大きな桜の下でみんなでお花見もした。
上田さんに奥さんのさん、上田さんのお父さんお母さん、時生さんのお店の人…たくさん人が集まって、時生さんもすごく楽しそうだった。
散歩をして、少し疲れたのか寝息を立て始めた時生さんの寝顔をマジマジと観察しながら過ごす。
一時間程で起きた時生さんに俺は、今かな、と思いながら紙袋を手渡した。
「時生さん、これ…誕生日のプレゼント」
そう言うと、時生さんは少し驚いたように目を丸くする。
「なんで知って…」
「この前偶然、時生さんの免許証見つけたから。
何にしようか迷ったんだけど…えっと、少しでも気晴らしになればいいなと、思って…」
時生さんがどう受け取るか少し不安で言葉が途切れ途切れになってしまった。
そんな俺を不思議そうに見つめた時生さんは、手元にある紙袋の中をさぐって中身を取り出した。
時生さんの手にあるのは、三冊の本。
一つは空の写真。
一つは星の写真。
そして最後の一つは、いろんな国の風景の写真。
時生さんが見るのは、いつもこの窓から切り取られたものばかり。
だから、少しでも違う自然を感じて欲しくて…エゴかもしれないけど、気落ちだけでも『ここ』から抜け出して色んなものを感じてくれたらな、なんて…思ったんだけど───。
「あ、あの…気に入らなかった…?」
その三冊にじっと視線を落としたまま動かない時生さんに、不安がこみ上げる。
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