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どうか
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俺は願った。
だから、願いをかけたんだ。
この寒空に。
「…寒っ」
あまりの寒さに身を縮めこむ。
少しでも熱が逃げないことを祈り、すっぽりと鼻先まで顔をマフラーに埋め込んだ。
悴む手の動きが鈍り始め、仕方なく自分のポケットに手を突っ込む。
今朝は寒気が流れ込んでかなり冷え込むらしい。
……嗚呼、なるほど。
どおりで、朝方は寒かった訳だ。
目が覚めたのは、朝方5時。
冷え切った身体のおかげで、二度寝も出来ずに、仕方なく起きた。
やる事もなく、身支度を整え飛び出したのが6時。案の定、朝の空気は酷く冷えていた。
(…こんなに早く早起きしたの、何時ぶりだだけ)
なんて、考えちゃうくらい、随分と久しぶり。睡眠が命で寝坊が取り柄の俺にとっては、異例中の異例でして。
昨日の雨の所為で、地面の落葉は薄汚れてる。歩く足取りは寒さのせいか、遅い。
はあっと息を吐いた。
空気が白く濁る。
その白さに気温が随分と下がって居ることを確かめた。
今度は、ゆっくりと空気を吸い込む。
酷く冷えた冷たい空気が肺に入り、つんと鼻を刺す冷たい空気に、息辛さを覚えた。
冬の匂いだ。
空を見上げた。
空は薄い水色が綺麗に広がる。
朝の冬の空は、とても清々しい程に遠くて高い。
(……今年も後、2ヶ月か)
春が来たと思えば夏が来た。
夏が終われば、秋だった。
紅葉を愛でる間に、落ち葉は、枯れ落ちた。
巡り巡る季節は、足跡を残しながら。
瞬きを忘れるほどに、その季節は駆け巡る。
目に映るすべてが、彩りで溢れて。
瞳に映り込む寒空は、とても澄んでる。
見つめていると、空高く天から、小さな柔らかな白がちらちらと見え隠れした。
「…あ…」
ひらひらと、小さな粒の雪のかけらが空から降りてきた。
「雪だ…」
ポツポツと小さなそのかけらは、寒空から幾つも幾つも降りて来て。
今度は熔けないで積るだろうか、なんてぼおっと考えながら学校への道のりを歩く。
はあっと白い吐息を吐けば、雪と交じり合い、熔け合う。
その吐息はふわふわと宙を漂っては、空へと消えた。
まだ、学校へ行くには早過ぎる。
この寒空の下、自分以外には誰も居ないのだから。
(学校、…一番乗り、かも。つーか開いてんのかな)
朝の街は何時もと違ってとても静かだ。
景色は瞳に映るのは、真っ白な雪だけで、音の無い無音の世界を、歩く。
音がまるで、雪にでも吸い取られてしまったかように、何も聴こえない。
(…まるで)
(まるで、この世界に俺だけしか居ないみたいだ…)
あれ…、なんだろ。
「寒いな」
みるみると、冷えてゆくこの感覚。
酷く冷たい。
寒くて寒くて、しょうがない。
「凍えてしまいそう…」
まるで氷水にでも浸かってゆく様に。
熱が奪われる。
このまま、この雪にすべてを、奪われてしまいそうだ。
無機質な瞳が伏せ目がちに地面を移す。
随分と隣が静かだと思えば、あの声が聞こえない。寒いと思えば、…あの笑顔がない。
何時だって隣には。
…視界には、あんたが居た。
ガラっと教室のドアを開けると、ひんやりとした空気を感じさせた。
…暖房効いてねぇのかよと軽い愚痴を零すが、流石に早すぎるだろと自分に苦笑する。
自分の席に荷物を置くと、マフラーは外さずにコンビニで買った食べ物を取り出した。
外の雪はやむことなく、只、降り続く。
窓には白い羽しか映っていない。
ゆっくりと、やわらかく空を舞って。
そして、冷たいアスファルトの地にそっとその身を預ける。
その儚げな純白の羽は直ぐに地面に吸い込まれるように熔けて、消えた。
昔、雪の羽が欲しくって、泣いたことがあった。
白い、空から舞い降りるその羽は、特別なものに思えたから。
どうしても欲しくって、何度もこの寒空に手を伸ばしていた。
精一杯、
精一杯、羽に手を。
やっと掴んだその雪の羽は直ぐに掌の上で滴に替わっていた。
「甘っ…」
一口、二口。
口に含んだ甘い液体を、ごくんと飲み込む。
やっぱりいつも通りお茶にしておけば良かった。ガサガサと、サンドウィッチの袋をあけて、ぱくんと口にほおり込む。
「…なんで俺、ココアなんて買ったんだか」
缶に入ったミルクココアを手に取り、文句を言いながらも飲み干す。
今度からは年寄りらしく、年齢相応の緑茶にするかと口にしながらある人を想っていた。
『好きだよ』
「ん…」
『好きだった…』
「ああ」
何度、思い出すのはあんたのその声で。
抱き締められたその体温、ぬくもりで。
「俺も、好きだよ」
何でだろう。
何度考えても分からないんだ。
俺はバカだから。
まだ、夢の中でもあんたの姿を追ってる。
でも、本当は知ってるんだ。
時がその一瞬を移すように、季節が止まる事なく流れるように。
あんたとの時間は、もう、巻き戻せないってこと。
切なそうに今にも泣き出してしまいそうに、俺を好きだと言う。
もういいよ。
俺は臆病者だから。
あんたから、言って。
あんたのその、優しさに耐えられないから。
痛くて痛くて堪らないんだ。
一層、突き放してくれたなら、いいのに。
あんたとの思い出も、記憶も全部全部、この雪に埋れてしまえば、いいのに。
消えて無くなってしまえたら、良かった。
雪と一緒に、溶けて跡形もなく、無くなってしまえば、良かった。
(凍えてしまいそうなんだ)
冷えてゆく
冷えてゆく
窓の外に映る雪が、ゆらゆらと、ぼやける。
…俺は、俺自身を暖める術なんて、知らないんだよ。
焼けて落ちてくるこの感情も。
ぜんぶ、無くなってしまえ。
だから、願った。
この寒空に。
俺の浅ましくて、なんてくだらない、自分勝手な願いと一緒に。
この美しく純白な雪を、目に焼き付けて。
(…どうか)
どうか降り続けて。
今だけは。と、不似合いな言葉を並べながら雪の羽に手を伸ばす俺を、一緒に雪に交えて。
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