アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
酔っぱらい de on time
-
紛糾した企画会議の後。
居酒屋になだれ込んだ同期達が、ああだこうだと、愚痴り始めた。
就職して、4年。
もう見慣れた風景のひとつだ。
あのハゲ課長がさー!とクダを巻く河原を俺はいつも通り宥めにかかる。
「まぁ、嫌なら辞めるのも良いが。もう少し我慢してみろ。」
課長は後1年で定年になる。その前に、河原が移動する可能性もなくはない。
冷静に分析した事実を話す俺に向かって、河原が変なことを言い出した。
「なあ、中川。お前さ、怒りに我を忘れたことってないだろ?」
「ああ、確かに。一度も無いな」
「そういや、酔ってる姿も見たことが無いよーな…」
「俺らは、酒の席で酔っ払ってない河原を見たことが無いよーな…」
すかさず、別の同期がツッコンで、皆が笑う。
「じゃあ、エッチの時は?何もかも忘れて、腰振った事ないんじゃね?」
「お前は野獣か!?」
思わず怒鳴ってしまった。
「忘れ過ぎて、相手の顔も覚えてないんだろ?」
他の同期も次々呆れた声をあげた。
「こんなのの相手をしちまった子が気の毒だ…。」
ウッカリ漏らした本音に、なぜかバッチリ食い付いた河原はこう続けた。
「オレからすりゃあ、気の毒なのは、お前の方だけどなぁ。中川、お前はワケわかんない位にキモチヨクなった事も、メーター振り切る勢いで怒った事も、全然無いって事だろ!?そんなの、つまんねー人生じゃん?なぁ、我慢なんて止めようぜ!もっと自分をさらけ出してみろよ。キモチいーぞ!?」
俺は久々にムカっ腹が立つのを感じた。
「正直言って、もう付き合い切れん!」
「仕事も辞めたらさ、運が向いてきたりして♪」
「じゃあ、そうするといい。」
「中川、お前トコトン冷たいヤツだなー。」
「どうとでも言え。俺は帰る。」
「待てよ。さっきから、なんで目を逸らすんだ?」
…説得には応じない。俺の生き方は否定する。それなのに、なぜ俺に絡む?ほっといてくれ!
「もうお前と話す気はない。」
「おい、待てって!もしかして、何かあったのか!?」
「…別に、何も無い。」
―何も無さすぎて。バカなお前相手に抱えたこの想いに、望みが無さすぎてイラついてるなんて。言える訳が無いだろう?
「そーかよ!!オレには言えないってんだな!?よし、見てろよ!?」
不敵な笑みを浮かべた河原が、いきなり立ち上がった。
「おい!どこ行くんだよ?」
だいたい河原があんな顔をする時は、ロクでもない事を始める前触れだ。
俺はそ知らぬ顔をしながら、緊張を隠せずにいた。
「今からちょっと飛び込んでくるわ」
「…は?まさか、あの川にか!?」
同僚の言葉に、俺は店のすぐ近くを流れる川を思い浮かべた。
この窓を開けて身を乗り出せば、辛うじて水面が見える筈だ。
「おう!!今すぐ○北橋からダイブしてやるから、よく見とけ!」
「正気か!?」
―確かに、水量はある。
橋から水面までは5mもない。
やって出来ない事は無いだろう。
しかし、この寒空だ。下手すりゃ、心臓麻痺でAEDが必要になる可能性も…
「おいコラ、何で脱ぐ?」
「知らねーのかよ?着衣水泳って、難しいんだぜ!?」
アホな事を喚いている河原から、別の事情で俺はまた目をそらすハメになった。
「ばっ!お前ら、離せよっ!!」
他の同期と一緒に、パンイチの河原を必死で抱き止めた。
暴れるヤツの素肌が、指先が、俺に触れた。
「離す、はなすから、此処に居ろッ!!」
俺の心中は、もう色々限界だった。
「中川…?お前、泣いてるのか!?」
不思議そうな河原の声が、胸の痛みと思考の混乱を加速させる。
「ジロジロ見るなよ!コノヤロー!!」
突き飛ばすように河原から離れると、俺は威嚇するように声を張り上げた。
「な、中川!?」
皆が、俺の大声に目を丸くしている。
「俺のじいちゃんは、ひでえ酒乱だったんだ!だから、ウチの家族は一滴も飲まねえんだよ!悪いか!?」
俺は、テーブルに置かれた幾つかのグラスを掴み、中身を飲み干した。
「わかった、分かったから、落ち着け。な?」
「コトの最中にな、ワケわかんなくなるなんて、しょっちゅうだよっ!!ソレが何だっ!悪いかよ!?」
「全然悪くない、普通だ。だから、もう叫ぶな。頼むっ!」
「…まだだ。一番重要な話が残ってる。俺はな、河原が好きだ。愛してる!!」
「…はぁっ!?」
ポカンと口を開けた河原が、静かに後ずさったのが見えた。
「…聴こえただろ?とっとと帰れ!それともそのバカ面、望み通りその橋から投げ込んでやろうか?」
今度は俺が羽交い締めにされる番だった。
「お前がそんな目でオレを見てたなんて、今まで全然気付かなかった…」
「バカ!こうゆうのは、相手に気付かれないようにすんのが常識だろ!?自分でもオカシイと思うような気持ちを、好きなヤツに押し付けられるかっ!!」
「…なるほど。確かにそうだよなぁ」
「納得すんなっ!それから、何か早く着ろよ!風邪引きたいのか!?」
「おい、中川。なんかお前顔が赤いぞ?」
少し調子を取り戻しかけた河原が、俺をからかうような声をかけてきた。
「久々にブチ切れた後だからな!!それと、大声出して、息が上がっただけだ!じゃあなっ!!」
そのまま俺は、コートをひっ掴むと、居酒屋のドアを飛び出した。
―あー、とうとう、やってしまった。
明日から、どんな顔して会社行けば良いんだ?
もういっそ、辞めてしまおうか?
離れがたくて、何度も河原のことは引き留めたのに。
まさか、自分がこんなことになるとは、考えたことも無かったな。
何となく可笑しくなって、少し笑った。
腹が立つ位、ニブくてだらしない河原にイライラすることも。
妙な時に、妙な気分になる自分を抑えるのに苦労することも、もう無いんだな。
まぁこれは、全部、俺だけの問題だし。アイツは呑気なまま、ずっと変わらないんだろう。
―それでいい。
暗い水面を見つめながら、何とか自分の気持ちに整理をつけた。
『…失恋くらいで、俺は腐ったりしねーよ。次だ、次っ!』
いかにも河原が言いそうな事を考えた自分に、また笑った。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
1 / 20