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ああ、孕んだのだな、と、ミズハは思った。
「あ……わかって、しまったかな?」
ミズハの表情と顔色から察したのだろう。三日月が、はにかんだように笑いながらそう問いかけた。いや、そう、確認した。
「……はい」
ミズハもまた、どこかにはにかみのようなものを漂わせながらうなずいた。
「へー、おまえ、人間なのにそういうのわかるんだ」
暁丸が、感心したような声を上げた。
「ええと……ええ、まあ、はい」
「ミズハちゃんは、私達の力のほどを『見る』力があるんだ」
「へー」
暁丸は、金の瞳をしばたたき、首をかしげてミズハを見つめた。
「だったら、三日月の腹のガキがどれくらいの力を持ってるかもわかるのか?」
「あの、それはまだ――まだ、生まれてもいらっしゃいませんので、今のところは、そこにいらっしゃることがわかるだけで――」
「ふーん、そっか。でも、いるのがわかるだけでもすげえな」
暁丸はニカッと屈託なく笑った。
「御生まれになられるときは――やっぱりその、卵、なんですか?」
好奇心を抑えきれず、ミズハはそう問いかけた。
「まあ、たぶんそうなるんだろうねえ」
三日月はおっとりと笑った。
「卵が生まれたら、あとはほっぽっとけばいいから楽だな」
暁丸はあっさりとそんなことを言い放った。
「いや、そこら辺に放り出しておいたりなんかしないよ。ちゃんと私が、無事に孵るまでずっと面倒を見るよ」
三日月は、ちょっと口をとがらせながら暁丸にそう反論した。
「え? あ、蛇ってそんな感じなのか?」
「うん、まあ、産みっぱなしなのもいるし、とぐろの中に抱きかかえて護るのもいるし、おなかの中で卵を孵してしまってから産むのもいる。いろいろだよ、いろいろ」
きょとんとそう問いかける暁丸に、三日月は真顔で、いたって真面目なこたえを返した。
「ふーん、じゃあ、おまえは抱っこして護りたい感じの蛇なんだな」
「そうだね、うん、そうなんだと思うよ」
「なるほどなー。蛇にもいろいろいるんだな」
「そりゃ、いろいろいるさ。竜にだって、いろいろいるんだろう?」
「ああ、いろいろいるな」
「だろう?」
「言われてみりゃそうだなあ」
真面目な顔でうなずきかわす暁丸と三日月を見て、ミズハはこっそり、微笑ましいなあと思いながらも、一応自分も真面目な顔を取り繕って、ふむふむとうなずきながら謹聴していた。
「なあ」
不意に、暁丸が真剣な顔でミズハのほうへと向き直った。
「は、はい、な、なんでしょうか?」
「おまえ、三日月が俺のガキ産むの、うれしいか?」
「もちろんうれしいですよ。だって、三日月様がこんなにも御幸せそうなんですから」
一瞬のためらいもなく、ミズハは間髪を入れずそうこたえた。
「そっか! よかった!!」
暁丸の金の瞳が、真昼の太陽のように輝いた。
「ありがとう、ミズハちゃん」
三日月は、ホッとしたようにやわらかな笑みを浮かべながら、ミズハに向かって優美に一礼した。
「御礼なんてとんでもない。私は、当然のことを言っただけです」
ミズハは胸を張ってそう断言した。
「私の血が強く出れば、この子はこの村に根付くかな」
まだ平らなままの腹を撫でながら、三日月は微笑みと共にそうつぶやいた。
「暁丸の血が強く出たら、もしかしたらこの子も、長い旅に出たりするのかな」
「そんでもって、旅に出た先で番いの相手を見つけたりするんだ」
暁丸は楽しげにクスクスと笑った。
「あら、この村にずっといたって、御相手はいくらでも見つけられると思いますけど?」
ミズハは思わず、蛇と竜の会話に、村の守り神と異国より飛来せし極めて稀なる人ならぬ珍客との会話に口をはさんだ。
「だって、三日月様はこの村で、暁丸様と巡り会われたんですから!」
「おお、そうだそうだ、そりゃ確かにその通りだな!」
暁丸はミズハの言葉にブンブンと大きくうなずきながら、喜々とした顔で三日月のほうを見やった。
「ああ、本当にその通りだねえ」
三日月もまた、満面の笑みで暁丸の視線を受けとめた。
「俺、ガキが生まれたら、この村の連中は絶対に食っちゃ駄目だってよーく言っとくよ」
暁丸は極めて真面目な顔で、極めて厳かにそう宣言した。
「ああ、それはいい考えだね」
三日月は、いささかも動じることなく暁丸の言葉にうなずきを返し、次いで、幾分気遣わしげな顔でミズハのほうを見やった。
「ごめんね、ミズハちゃん、びっくりするようなことを聞かせてしまったかな? けどね――なにしろ私達は『人』ではないものでね。気を悪くさせてしまったのなら、謝るよ」
「別にかまいません。私達のことを御子様にモリモリ食べさせてやろう、とか、そういうことをおっしゃられたらさすがにかまいますけど」
ミズハは真顔でそうこたえた。
「ありがとう」
三日月は小さく笑いながら、ミズハに深々と一礼した。
「暁丸のような異国の竜と、私のような蛇神とが血を交わらせた例を、私は他に知らない。だから、この子がいつごろ生まれてくるか、そして、どれくらいの寿命があるか、私はまるでわからないのだけれど」
再び、まだ平らなままの腹を撫でながら、三日月は静かにつぶやいた。
「けれどもたぶん、卵から孵るまでに人間の一生分の年月を費やすということはないだろう、と、思う。だから――」
三日月の緋の瞳が、ミズハの茶色の瞳にすべりこんだ。
「もしよかったら、ミズハちゃんが私達の子供と仲良くしてくれたら、私はとても、うれしいと思う」
「俺もうれしいぞ」
「駄目っておっしゃられても仲良くしちゃいますよ、私――いえ、私達。私達、小望月村に住む者達、みんな」
ミズハは胸を張り、丹田に力を込め、三日月の緋の瞳を、そして、暁丸の金の瞳をしっかりと見据えてそうこたえた。
「うん――ありがとう――」
「ありがとな! えっと……えっと……えっと、あの、三日月、こいつの名前、なんだったっけ?」
「ミズハちゃんだよ、暁丸」
「そっか! じゃあ、ありがとな、ミズハチャン!」
「……暁丸? 君はもしかして、『ミズハチャン』で一つの名前だと思ったのかい? 彼女の名前は『ミズハ』だよ。『ちゃん』というのは、ええと……ええと、なんというか、まあ、飾りのようなものだね」
「え? あ、そーなんだ。それじゃ、ありがとな、ミズハ!」
三日月の言葉に素直にうなずきながら、子供のように無邪気に笑いながら、屈託なくミズハに礼の言葉を述べる暁丸を、異国より飛来せし紅き竜の化身を見て、ミズハはなぜか、ああ、この御方のこの笑顔を、ずっと守り続けてあげたい、ずっとずっと、このまま守り通して差し上げたい、という、胸がうずくような、ひどく切ない思いを抱いた。
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