アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
41
-
腰から下を白い大蛇の姿、腰から上、つまり上半身を人間の姿にして、その上半身に純白の打掛をふわりとまとい、三日月は白い大蛇のとぐろの中に朱鷺色の大きな卵を抱きこみ、幸せそうな微笑みを口元に浮かべ、卵に頬ずりをするようにしながら、うつらうつらと微睡んでいた。
「――三日月」
そんな三日月のとぐろにもたれかかり、何やら機嫌よく鼻歌を歌っていた暁丸が、その金の両眼をハッと見開いて飛び起きた。
「今、卵の中で動いたんじゃねえか!?」
「ああ――確かに、動いたようだね、暁丸」
三日月は、ゆるりとうなずいた。
「もう産まれるか!?」
「さて――どうだろう――おや」
三日月もまた、伸び上がるように身を起こしながらにっこりと笑った。
「これはこれは、私達の子はもう、卵の中から出たくてたまらないようだ」
「あ……ひび、入った……」
暁丸は目をまん丸くして息を飲んだ。
「産まれるよ、暁丸」
三日月の緋色の両眼が、スイと細められた。
「……ん……」
暁丸は、息をとめてコクコクとうなずいた。
「――君に似て、元気な子だ」
三日月はゆったりと笑った。
朱鷺色の卵の殻を破り、卵の殻の色よりも幾分色の濃い、濡れた桃色の鱗に覆われた小さな鼻づらが、チョコリとこの世の空気の中へ突き出された。
「うわー、動いてる、動いてる――!」
暁丸は、そのまま拍手をはじめんばかりの顔で真剣にそうつぶやいた。
「元気な子だね。元気な、いい子だ」
三日月は、ヒコヒコとうごめきながらこの世の空気を吸い込み、初めての息をする自分の――自分と暁丸の子の鼻面を、そっと撫でた。
「なあ、どっちに似てる?」
「さあ、もう少し出てきてくれないと、まだなんとも――」
そう言いながら三日月は、卵の中から出てこようとしている赤子に向かって、ゆるりと両腕を広げた。
「おいで――ここに、おいで。母様と父様のところに、安心しておいで――」
その声に励まされたのか、あるいは、ただ単に、時が来たのだということか。
卵の中から桃色の鱗で包まれた濡れた体が、ぬるりとのたくり出てきた。
「おっ、三日月に似てるか?」
赤子の長々とした体を見て、暁丸が声を弾ませた。
「ああ、確かに体型はちょっと私に似ているかもしれない。でも、ほら、この子には手足があるよ、暁丸。人間の姿じゃなくて、本性をむき出しにしたままの姿でも、手足がある」
「それじゃ――『龍』なのか?」
「ええと、どうだろう……あ、この子には、小さいけど翼もあるね。確か――『龍』には、翼はなかったんじゃないかなあ……?」
三日月は、ウネウネとのたくる赤子の体を丹念に観察しながら、幾分自信なさげにそうこたえた。
「じゃあ、こいつは、ちょっと体が長細い『竜』か?」
暁丸は、のたくる赤子をのぞきこみながら首をひねった。
「ええっと――そうなるの、かなあ? それとも、もしかしたら、手足や翼があるだけの『蛇』ということになるのだろうか?」
「いや、それ、もう蛇じゃねえだろ」
暁丸は、思わず、といったふうにボソッと反論した。
「……まあ、何はともあれ、元気そうで何よりだ」
フッと笑みを漏らしながらそうつぶやいた三日月は、きょとんとした顔で自分をのぞきこんできた赤子の顔を見てクスクスと笑った。
「ああ、この子の顔立ちは、どうも君に似ているようだよ、暁丸」
「そうか?」
そう言いながら赤子の顔をのぞきこんだ暁丸は、赤子のまん丸い、赤銅色に輝く瞳から発せられる好奇心いっぱいのまなざしを思い切り浴びせかけられて目をしばたたいた。
「――ああ、うん、確かに、顔は俺に似てるかも。目の色は、俺とおまえの目の色が混ざったみたいな感じになったけど」
「とても元気なところも、よく似ているよ」
この世界全てに興味津々、といったふうに、自分の腕の中であちこちに頭を揺らめかせる赤子を見つめながら、三日月はうれしげにそう言った。
「さて――それではそろそろ、この子を人の赤子の姿に封じようかな」
「お、もうやるか?」
「こういうことは、早いうちのほうがやりやすいからね」
三日月はそう言うや否や、その白い肌よりもなお白い歯の間から、紅い舌をわずかに出し、ギリ、と噛みしめた。そして、そこから流れ出る己の血を、唾液とともに口移しで、赤子の口へと流し込んだ。
「――おまえの名は『朝日(あさひ)』だ」
三日月がそう宣言するとともに、赤子の輪郭が揺らぎ、ぼやけ、とろけた。そして、それらのひずみがすっかり消え去ったそのあとには、濃い桃色の髪と赤銅色に輝く丸い両眼とを持つ、丸々と太った、薔薇色の肌の健康そうな裸の赤子が、泣きもしないで大人しく、かつ楽しげに、うっくうっくとのど声をあげながら、三日月の腕に抱かれていた。
「おおー、上手いもんだな!」
暁丸は、無邪気にパチパチと拍手をした。
「産着を、用意してあるんだ。いや、私が用意したというか、村のみんながつくって贈ってくれたんだ」
三日月はいそいそと、いかにもやわらかそうな白い産着を取り出して、もぞもぞと動く朝日に優しく着せかけた。
「……生まれたばかりの赤ん坊、よりも、もう少し育った感じだなあ」
機嫌よく手足をばたつかせる朝日を見ながら、三日月は首をひねってそう言った。
「え、そうなのか? 俺にはちゃんと、人間の赤ん坊に見えるけどなあ?」
「ああ、うん、赤ちゃんは赤ちゃんなんだけど、産まれたばかりの人間の赤ん坊というものは、もっとこう、なんというか――グニャグニャとして、頼りなくて、こんなふうに元気に動いたりは出来ないものなんだよ。それこそ、首も座っていないし、自分の力だけじゃ寝返りもうてない、どころか、頭の位置を変えることも出来ないくらいだよ」
「あー、それと比べたら、確かに朝日はもっと、なんつーか、育ったみたいな感じだなー」
「まあ、私達の場合は、産まれたばかりの時から人間の赤子とは比べ物にならないほど、いろんなことが出来るからねえ。だから、まあ、これくらいが妥当なところなのかもしれない」
目の前で動く三日月の唇が面白いのか、唇に向かってプクプクと肉付きのよい小さな手を伸ばしてくる朝日のその手を、おどけてパクッとかじるようなふりをしながら、三日月は暁丸にそうこたえた。
「ああー、人間の格好になるとますます俺に似てる! なあ、三日月、おまえ、こいつを人間の赤ん坊の格好にするとき俺に似せるように技とか使ったのか?」
「いや、そんなことはしていないよ。ただ単に、この子が君に似ているというだけの話だと思うよ、私は」
「そっかー? ……そっかー。あーあ、おまえに似てたほうがもっと可愛かったんじゃねえかなあ、こいつ」
「ええッ!? こんなに可愛い子を捕まえて、いったいなにを言うんだい暁丸」
三日月は心底驚いたような顔でそう叫んだ。
「生意気そうな面してやがんなあ」
暁丸は、朝日のふくふくとしたほっぺたをプニッとつつきながらそうぼやいた。
「ええっと……こう言ってはなんだが、この子は君に、とてもよく似ていると思うんだが……」
「うん、俺もそう思う。……俺ってこんな生意気そうな面してたのか」
「……ええっと……」
三日月は、少し困ったような顔で暁丸を見つめた。
暁丸は、ちょっと眉を下げた、幾分情けなさそうな顔で三日月を見つめ返した。
朝日の頭上で三日月と暁丸の視線が静かに絡みあい。
そして、どちらからともなく、二人は――もしくは、一柱と一頭とは、とても楽しげな、屈託のない笑い声を上げ始めた。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
41 / 45