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行方不明4
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泣きじゃくる妹の話を聞きながら背中をさすり続ける。
1時間もそうしていただろうか、妹の瞼が真っ赤に腫れ、メイクがどろどろにとけて妖怪のようになったときようやく弟が帰宅した。
「ただいま」
玄関からトトトッと可愛らしい足音が聞こえる。本当に、どうして男の子に生まれてしまったんだろうとあの子の顔や仕草を見るたびに思う。
「はるちゃん?」
カチャリと音がしてリビングの扉が開けられる。私は氷を入れた袋とタオルを美夏に渡しながら振り返った。
扉を少し開けた状態で隙間から那都が顔だけ覗かせている。下手したら私や美夏よりも大きい瞳を目一杯に見開いてこちらを伺っていた。
美夏を横目に見ながらそっと入ってきて、右手に持った袋を手渡してくる。頼んだのはホチキスの針だけだったのに、それだけとは思えない重みに視線を袋の中に移す。
「あれ、なっちゃんこれは?」
「あ、それお姉ちゃんが食べるかなと思って買ってきたの。入らなかったらぼくがもらうけど……」
中にあったのはシュークリームとワッフル。それぞれ私と美夏の好物だった。
「ん、ありがとう。もらうね。ほら美夏、なっちゃんがワッフル買ってきてくれたよ」
「え? ワッフル?」
ごしごしと顔を拭って美夏が顔をあげる。先ほど渡したタオルのおかげか少し腫れは良くなっているものの、明日まで腫れは残るだろう。そう思わせるくらい、整った顔が崩れきっていた。
「美夏、化粧落として顔だけあらってきな。凄いことになってるよ」
「……うん」
おとなしく頷いた美夏がリビングを出て行く。それを黙って見送った那都は私の方を振り返るとこてん、と首をかしげた。さらさらの髪がふわっと揺れて顔にかかる。
女の子のようなその仕草はとてもよく似合っていた。
小さな口からは男だとは到底思えないような澄んだ声が溢れる。
「みぃちゃん、何があったの?」
目が少し据わっている。声のトーンが低くなった。『何か』ではなく『何が』であることにきがついてふっと笑顔が漏れる。この子は優しい子だ、誰よりも。
「振られたんだってさ、彼氏に」
「えっ、彼氏って先週もきてた?」
「そうそう」
「どうして? あんなにラブラブだったよね」
那都がぐっと眉をひそめる。不穏な空気を感じ取ったようだった。
「浮気だってさ、あの男の。他に女作ってて、孕ませたらしいんだわ、あのクソ男」
「……は?」
那都の声がさらに低くなる。普段聴くことのない、『男』の声。
この子、まだこんな声が出るのね。
ぼんやりと思う。地声は女の子のように高いのに、男の顔を見せることもできる。やっぱりこの子は妹ではなく弟なんだと、当たり前の……でも忘れかけていたことを思い出す。
「な……にそれ、信じられない……あの人がそんな人だと思わなかった」
吐き捨てる。声ににじむのは隠しきれない嫌悪感、憎悪。
美夏が再び戻って来る。那都の機嫌が変わったのを感じ取ったようで、ビクッと体を震わせるとそっと私の隣に来た。
那都がそんな美夏にちらっと視線を投げる。ふう、と深く息を吐くと微笑んだ。
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