アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
煙妖トノ邂逅。
-
足元はゴツゴツとした岩場のようだった。
<***>
紅葉に連れられてやって来たところは、やっぱり知らないところだった。
辺りはただひたすらに濃い白色で覆い尽くされ、濃霧の山道の姿とよく似ていた。
視界が悪く、目の前どころか足元も不確かだ。
人気(ひとけ)の無い、荒んだ、緑の見えない地を歩き続けることに、矮小(わいしょう)ながらも不安を覚え、そっと師の袖を握る。
場を問うても、知らん、か、さあなではぐらかされるので、いい加減俺も黙ってついていくしかない。
足元にまとわりつくその空気を払うようにして歩いていく。
何も周囲の見えないそこを歩いていると、不意に紅葉が立ち止まり、俺は勢いそのままにその身体に衝突する。
思わず苦言を垂れようとしたが、紅葉は小さく息を吸い、声を張り上げた。
「妖怪でありながら霊帯、妖力を持った異端(イレギュラー)の妖怪異ー煙々羅(えんえんら)の『喰(じき)』。居るだろ、顔出せ」
大仰で、しかも横暴な物言い。
少し滲む不機嫌さ。
・・・。
・・・?
あれ今霊帯、って・・・?
聞きなじみのあるその名前にザワザワと胸騒ぎがする。
ドクドクと心臓が鳴り響き、嫌な汗がにじむ。
いつの間にか足元を覆っていた濃霧は濃煙へと様変わりし、より異様さを演出していた。
ねっとりと絡みついてくる気体。
足首を掴まれたように錯覚して、煙の中から足を引き抜いた。
その煙の中を何かが通ったかのように、尾を引いて煙がうごめく。
そしてその中にゆっくりと人影が現れた。
ゆらりと姿がーまるで煙のように動き、周囲を覆っていた煙が姿を消していく。
それは、その人物に吸い込まれていったようだった。
<***>
淡い緋色のにじんだ、白っぽい髪。
毛先が特に緋色っぽい。
赤紫の着物。
スリット上の隙間からは腕と同じ装飾の、青紫のグラデーションがついた麻の葉柄の生地が見える。
額には、紐飾りとセットになっているような鉢巻のようなものをつけていて、端正な顔には、金色(こんじき)の眼がぎらめいていた。
「誰だお前ら」
その明らかな妖怪とはある程度の距離があるはずなのに威圧感を感じる。
紅葉や、尾咲や、大蛇や、伊吹なんかと対峙した時に感じる、『強者』の覇気だ。
最近こういうの多いな。
ボスラッシュなのか?
「俺は妖狐・・・『紅葉』。こっちは俺の弟子」
「・・・『宵』です」
名前に意味を込めて、そっと吐き出す。
「お前が『喰』だろ」
紅葉の言葉に、クカカと小さく嗤って、その人物は言った。
「分かってねえなあ。俺の名前は『緋酔(ひすい)』だ。周りの雑魚の言葉を鵜呑みにしてんじゃねえよ」
クカカ。
もう一度、楽しそうにしかし不愉快そうに。
緋酔と名乗る男は笑った。
「で。俺に何の用があってここに居るって?」
喰、もとい緋酔は後ろの岩にドカリと座ってこっちを見た。
この辺りを支配している有力者。
その所作だけでも十二分に伝わってきた。
とはいえ、この男以外に何かが存在しているのかは不明だったが。
気配がないのだ。
この男も含めて。
「お前は霊帯でありながら、妖力を持っているんだろ。話を聞きに来た」
「えっ、ま、それどういう・・・」
当たり前のように話す紅葉。
混乱する俺。
だって、霊帯の定義って
①体内に霊力を帯びていて
②本人は妖力(ないしそれに準ずる力)を持たない
じゃなかったっけ・・・?
俺そうやって習ったよ?
えっ、ここにきて設定変更???
お前ただでさえ大幅に文章編集してるのに。
なんでもしていいわけじゃないんだぞ????
「喰・・・緋酔は霊帯だ。だが本人が例外的に、恐らく後天的に妖力を持っている。つまりだ。超巨大タンクの無尽蔵妖力持ちの妖怪ってことだ」
オッケー、俺と読者さんのために整理するな?
まず霊帯っていうのは霊力を「帯びて」いる状態で、その霊力は自分でどうこうできるような自分の力とはまた別物みたいなものなんだよな。
で、本人が霊力や妖力を持っていないっていうのが霊帯の定義なんだよな。
でもこの緋酔っていうイケメン(怒)は、多分後天的に?
どうやったかは知らんけど妖力を獲得している妖怪ってことか。
霊帯としての妖力を持ちながら、それを自在に操作できる妖怪。
・・・ん?
つまり何。
「霊帯を吸収した妖怪と、大して変わらないってこと・・・!?」
驚愕する俺に緋酔はニヤニヤとした笑みを浮かべながら、言葉を垂れた。
「むしろ、他からの妖力じゃないってことから、馴染む力が比じゃねえからな。その辺の霊帯食いよりは、まあ控えめに言って『遥かに超越した』能力ってところか」
造作もないような口ぶりで緋酔は当たり前のように、事実を事実として述べたようだった。
最初から自分の力・・・。
「で?それを知ってるうえで、何の用?俺を吸収してみるか?」
まるで今までもそういう事例が数多くあったように。
言うが早いか、ズルリと姿が融けるようになくなって地を這う。
煙に。
その姿が気化する。
そして、その煙が耳や口から侵入し始めた。
その手際の良さは。
慣れたように。
慣れ切ってしまったように。
「!?」
ぐるりと体中に何か得体のしれないものが駆け抜ける。
思考が、身体が。
自分の物でなくなってしまったようだ。
「このままお前も栄養に・・・!?」
脳内に響く声が止まる。
「コイツ・・・!!!」
途端に煙が体内から出てきて、俺の目の前で姿が戻った。
驚愕するのは今度は緋酔の番だったらしい。
「お前、コレ!」
緋酔が驚いたような、ともすれば怒気を含んだような言い方で紅葉を見た。
紅葉はさっきから腕を組んだ姿勢のまま一歩も動いていない。
俺を助けようとする動きも見えなかった。
まるでこうなることが分かっていたかのように。
「・・・お前に、この『霊帯の』宵に色々教えてやってほしいんだ」
<***>
話の深刻さというか、奇異さを感じたらしい。
緋酔、と名乗った煙の妖(あやかし)は煙の中に存在していた洞穴のようなところへ俺たちを連れ込んでから再度俺らをまじまじと見て問いただしてきた。
「何だって?コイツは・・・」
再確認。
社会はホウレンソウだと習った。
実に鉄分がとれそうである。
あれ?鉄分だっけか。
「宵は霊帯だ。それも」
「人間、の」
「・・・そうだ」
紅葉と言葉を交わして、緋酔は俺の顔をまじまじと見た。
俺が人間だということは随分前から分かっていたらしい。
ちなみに俺はさっきから話についていけていない。
今は小松菜を思い出す作業に入っている。
次はチンゲン菜にしよう。
っていうか漢字で書いたら青梗菜って。
菜以外読めなくて草。
ほうれん草だけにな!!!
アッスミマセン。
「俺は生まれ持って妖力を持たなかった霊帯だが、鍛錬で妖力を獲得した。だから、煙々羅でありながら戦闘型になった」
それが後天的に、の理由か。
意外と努力なんだな。
まあ努力できるのも才能の一つだ。
それにしても。
煙々羅?
聞きなじみのない名称に小首をかしげる俺。
「煙々羅は煙の妖怪だ。元来、妖力は高くないし、戦闘にも不向きだ。だが『喰』と呼ばれるほどの妖力を持っている」
喰。
妖怪の世界で名前の持つ力は強大で。
そして時として、その名前は相手を畏れるが故につけられることがある。
この『喰』という異名は、そのまま畏名ということらしい。
俺の疑問に言葉添えをしてから、紅葉は俺の目をまっすぐ見た。
「強くなりたいんだろ、宵」
その、師匠の言葉に、胸を突かれた気がした。
背を押された気がした。
俺は黙って緋酔を見、そのまま地面に手をついて頭を下げた。
「どうか、俺にも、強くなる方法を教えてください」
しばしの沈黙。
「俺は『中立』だ。煙の如く漂う存在だ」
「・・・ッ」
・・・やはり、ダメだったか。
そう思い、悲しい気持ちで張り裂けそうになりながらも、頭を上げようとした時だ。
「だが。お前は俺の知る中でも最大級の霊力を持っている。その可能性に、少々かけてみたくなった」
「!!」
「!」
下げといて上げるとは。
俺も下げた頭を勢いよく上げた。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
49 / 68