アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
Ⅰ-2
-
3日くらいして、またバイト先であのモデルを見かけた時は、ガラにもなくちょっとドキッとした。
いや、ドキッとしたのは、多分有名人を見かけたとか、そういう野次馬的な何かであって、水谷が言うような恋とかじゃ断じてねーんだけど。
でも……やっぱ、気になった。
そいつはまた前回と同じく、デザートコーナーとスナックコーナーとを行ったり来たりして悩んでる。
モデルなら収入だって、よくワカンネーけどありそうだし、迷うなら迷ったモン、全部買えばいいのに。……なんて、客に向かって言ったりはしねーけど。
しかし、こうしてカウンターから眺めてみると、ホント目立つヤツだった。
背が高いったって、185、6? 多分オレと同じくらいだと思うけど……でも、すらっとして見えんのは、姿勢がいーからか?
脚が長くて細くて、ブラックのスリムジーンズがスッゲーよく似合ってる。
逆に、スーツなんかは似合いそうにねーけどな。あー、でも、やっぱプロのモデルなら、そんなんでも着こなしたりするんだろうか。
同じように20分くらい迷った後、そいつがレジに持って来たのは、栗と生クリームの入ったどら焼きだった。
「いらっしゃいませー、ありがとうございます」
ピッと商品にバーコードを通し、「158円です」とか言いながら相手を見て……またちょっとドキッとした。
エロ……。
いや、同じ男にエロス感じてる訳じゃねーけどさ。体にぴったりした青いTシャツの布地から、乳首がぷくっと勃ってんの見えてて、スッゲーエロい。
きれいな筋肉が、シャツ越しにもよく分かる。
白い首には、黒い革ひものアクセサリーが、何重にも巻き付いてて、それもエロい。
なのに、顔は意外に幼くて。
「あんた、幾つなんスか?」
思わず、そう尋ねてた。
「へっ?」
すると、そいつは間抜けな声を上げて、オレを見た。
ぱしぱしとデカい目をまたたかせ、キョロッと周りを見回してから、ためらうように自分の方を指差し、首をかしげる。
そーだよ、お前に話しかけてんだよ、他に誰がいるんだよ。
分かんねーか? まあ、普通コンビニの店員は、そんな質問しねーよな。
「いや、高校生くらいに見えんのに、エロい体してっから。……これ」
オレはそう言って、カウンターの下から雑誌を取り出し、裏表紙をそいつに見せた。
ファッション誌じゃなくて、オレの取り置きの野球雑誌。けど、やっぱりそこでも、目の前の客が裸でポーズを取っている。
よく見かけるって水谷が言った通り、ちょっと気をつけりゃ色んなとこで、こいつのこの広告を見ることができた。
目の前のモデルは、自分の広告を見た途端、ボンッと音が出るくらいの勢いで赤面した。
「え、エロ、くない、です……」
消え入りそうな声で、かみかみで言い返して来られて、思わずぶはっと笑ってしまう。
くっくっく、と肩を震わせてると、そいつはデカい目でじっとオレを見て、でも目が合うとパッと下を見て、ゴソゴソと財布から200円出した。
「200円からお預かりします。42円のお返しです」
釣銭を手渡す時、一瞬だけど手が触れた。
前回どうだったか覚えてねーけど、そんなこと日常茶飯事だし、男同士だし、気にする事でもねぇハズなのに――そいつはビクンと手を震わせて、小銭を幾つか受け損なった。
チャリンチャリンチャリン、と3つ聞こえた。
「う、わ」
さらに真っ赤になったそいつは、慌てて下を見て回ったけど、パッと見じゃ見付けらんなかったらしい。
「あ、すんません」
オレも謝りながら向こう側を覗き込むが、棚の下にでも入り込んじまったのか、よく分かんねぇ。
けど跳ね板を上げて、カウンターから出ようとしたら、そいつがぶんぶんと両手を振った。赤い顔のままで。
「あ、もう、いいです。ありがとう」
そして、どら焼きの入ったレジ袋をカウンターから引ったくり、逃げるように去ってった。
「……ありがとうございましたー」
気の抜けた声で見送ったけど、多分聞こえちゃいなかっただろう。
右に行ったか左に行ったかすら、よく分かんなかった。そんくらいの素早さで駆けてった。
まあな、全部落としたって42円だし。
はあ、とため息をつきながら小銭を探すと、レジ前の特価品ワゴンの下に1円、ドリンク剤のストッカーの横に10円、そしてデザートコーナーの前に、もう10円落ちていた。
21円をどうするか、なんてコトよりも、なんでかスゲーモヤモヤした。
なんで、こんなにモヤモヤすんのか。よく考えたけど分かんねぇ。
ただ……もう、あいつ来ねーんじゃねーかって思えて、そんで、結局名前も年も訊けねーままだったから。
それがちょっと、残念だった。
ファッション雑誌なんて興味ねーし、パラパラめくったって面白くもねぇ。男の顔ばっか見たって、仕方ねーし。
「はー、やっぱ意味ワカンネー」
めくってたファッション雑誌を閉じ、水谷に投げて返すと、水谷はちょっとむくれて「何だよ~」と言った。
「人の読みかけの奪っといて、その態度~?」
「悪ぃ」
おざなりに謝って、机の上に頬杖を突く。はあー、とため息を1つついたら、水谷が緩い口調で「またまた~」と笑った。
「さては恋の季節でしょ~」
「はあ? ふざけんな」
ムカッとしたので、厚さ4cmの専門書を振り上げてやったら、水谷が騒がしくわーわー喚く。
冗談に決まってんだろ、騒ぐなっつの。
「亮って本気でやりそうで、マジ怖いよ~。お前、女子に何て言われてるか知ってる? 『あ~、あのいつも怒ってる人』って! ため息ついてる間あったら、眉間のしわ、なんとかしなよ~」
「なんだそりゃ。関係ねーし」
大きなお世話だ。女なんかにモテたって嬉しくねーし、眉間にしわなんか寄せてもねーし。
「はー、何だかなー」
胸の中が、モヤモヤしてムカムカした。
ファッション誌探しても、あの広告以外であいついねーし。他の写真が見てみてーのに。
つーか。
……もっと、色んな表情が見たかった。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
2 / 236