アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
「自分」を殺して。
-
その夜、夢を見た。
ここしばらく、見ていなかった夢。
『おにぃちゃ!』
とてとてと覚束ない足取りで駆け寄ってくる小さな弟。
『祈紅』
木刀を振っていた手を止めて、転びそうな勢いで抱き付いてくる祈紅を受け止めた。
あの頃の俺は、与えられた離れの庭で一人、弓道や剣道の稽古をしていたのだったか。
『祈紅、俺といると母さんに叱られるぞ』
『かあしゃまさっきおでかけしたの。だからおこられないよ』
『…………そうか』
しがみついてくる祈紅を抱き上げて、縁側まで連れて行く。
煎餅がまだ少し残っていたはずだ。
『これしかないぞ』
『きくおせんべすき!』
『知ってる』
必死の様子に、苦い笑みが零れた。
知っている。
本当は、祈紅は干菓子の方が好きだ。
俺が母さんに叱られるのを気にして、言わないだけ。
この小さな弟に嘘を吐かせるのは苦しい。
どうにもしてやれない自分に、腹が立つ。
俺に出来るのは、母さんの怒りを自分に向け続けることだけだ。
祈紅が辛くないように。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
86 / 123